第47話 アレキサンダー・メガロ・クワガタ

 第一〇二号窟の総司君。第六三号窟の加々美かがみちゃん。二人は親同士が決めた許嫁だったのです。

 キチキチ!

 そんな訳ない?ですよね。総司君はただのカブトムシ。対して加々美ちゃんはアレキサンダー・メガロ・クワガタなのだから。


「加々美ちゃん?」

「何でしょう?ドロボウ猫さん」

「……名誉毀損で処刑するわよ?私たち、昆虫食普通だし」

 むしろ推奨されている。クワガタレシピは意外と豊富だ。

「年の瀬に、昆虫を家族で食べるのが習わしでね。そう、ツノが多ければ多いほど一年の穢れが祓われるっていうね、言い伝えが。あら?あなたツノがとても立派ねぇ……。一つ、二つ、三つ……」

「ゴメンナサイ!お姉様!ああ、それは顎ですぅ。ツノじゃありません」

 

 ここは海辺町のシズカハウス。いつものように縁側でお昼寝をしていたシズカに突然クワガタが襲いかかってきた。

 隙をつかれて驚いたが、よく見ると手のひらサイズのそんなに大きくない、ツノが多少多い立派なクワガタだった。いや、十分大きいから。

 そしてクワガタは名乗った。自分はアレキサンダー・メガロ・クワガタの姫、加々美であると。

「ツノあるじゃん?雄じゃん?」


 さあ、マウントはとった!ここからシズカのターン!時空監察官シズカ得意の尋問タイムだ!

 It's show time!

「雄じゃん?」

「女の子です!私たちの種類は女の子もツノがあるんです!」

「ホントかなぁ?食べてみたら分かるんだけどなぁ」

 加々美ガクブル。

「何しに来たの?」

「総司様が」

「総司さん?カブトムシの」

「総司様が、貴女は素敵だから、卵産んで貰いたいなって!ずっと総司様の卵を産むって言ってた私に言うんですよ、そんなの許せないじゃないですか!」

「だから私を抹殺に来た?」

 しょせんは虫か。

 仲良くなれそうだったのに。

「私にその気はない。私は山田の子以外産むつもりはない。総司さん、そんなつもりで私を見てたのなら、もう和三盆は持って行ってあげないほうがいいか」

「和三盆!じゅるり」

「好きなの?砂糖の塊」

「何をおっしゃいます!和三盆様を砂糖の塊と一緒にするなんて!ドロボウ猫さんは無知蒙昧にもほどがあります!」

「クワガタを水飴でコーティング……」

「イヤァァァァ!」

 シズカはかなり面白くなってきていた。

「私、シズカ。ドロボウ猫ではないよ」

「シズカお姉様?」

「そうそう。ちょっと待ってて……」

 シズカはキッチンの水屋から和三盆を小皿に乗せて加々美ちゃんの前に持ってきた。

「どうぞ」

「ヘ?」

「お客様におやつを持ってきた」

「あ……ありがとうございます」

 加々美ちゃんは口の近くの小さな顎で和三盆をかじって少しずつ食べていく。

「可愛い……」

「どうしたんですか?シズカお姉様」

「加々美ちゃんは、そんなに総司さんの卵を産みたいの?」

 加々美ちゃんは和三盆の最後のかけらを飲み込むと、真剣な目で頷いた。

「ええ、私たちの一族には総司様のような強い方の遺伝子が必要なのです」

 怪異が遺伝子と言いおった。

「でもさ、サイズとかどうなのよ?」

「えっ、その……総司様はいろいろと慎ましいお方ですので……」

「ああ、なる程。……え?それでも計算あわなくない?さすがにそこまで慎ましくは……。加々美ちゃんが巨大化するわけじゃないのよね?」

「お、お、お姉様!破廉恥です!」

 シズカとて昆虫達のあれやこれを詳しく知りたいわけではない。ただ、いつだってギリギリを攻めたいものなのだ。

 シズカは話題をやや強引に変えることにした。

「そういえば、私の防空隊をダメにしてくれたわね」

「防空隊?」

「この家を守っていた蝉達がいたでしょう?」

 シズカ麾下の防空隊は6個中隊、72匹!もう凄い気持ちワルい。だがそのほとんどを加々美ちゃんが落としてしまっていた。

「ごめんなさい。それは気付いていませんでした」

 これが力の差だ。往々にして蝉は怪人側だ。ヒーロー側、特にツノがいっぱいの劇場版ヒーローとは扱いが違う。

「気付いていませんでは済まないのよ?あの子達は領地防衛の要だったのよ。蝉なんてもう手に入らないのよ?」

 暑かった夏はやっと去り、海辺町も温かい秋に入り始めている。鳴き声からしてやる気と攻撃力がマックスなアブラゼミの姿は消え、呑気なヒグラシやツクツクホーシ達の季節となった。

「彼らも結構やる気マックスですよ?負けていられませんもの、歌も、恋も!」

「ここから始まる風な名台詞入れられても困る。とにかく冗談抜きで、お隣の馬鹿犬に困ってるの」

 洞窟の馬鹿犬とはあれから連絡が取れていない。

 自分達の文明の科学を、易々と越えてきた他文明の科学。シズカがそんなのと遭遇してもヘコむだろうけど、お互い得意分野が違うのだ、悩んでも仕方ない。

 彼女に早く立ち直ってもらわないと、シズカは寂しいのだ。 

「そもそも蝉なんかにそんなの勤まりませんって。個々の戦闘力が弱いのですから」

「あまり強くてもね、薬が効かないのよ」

「う~ん。……そうだ強くて暇してる子達を紹介しますよ」

「いいの?加々美ちゃんの推薦なら期待できるけど」

 アレキサンダー・メガロ・クワガタが強いと認める存在なら、かなり強いと想像できる。

「彼ら、馬鹿なので扱いやすいですし。自己完結型ネガティブなので労災時も安心です」

「おお!ヤバいワード入ってるね!でその人達のお名前は?」

「キックスズメバチのそうくんとパンチスズメバチのしゅんくんです!」

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