第24話 アクト
気を失って胸を地面につけた大きな兵士を見下ろし、カトラはつんつんと足の先で突いてみた。反応はなく、一旦危機は去ったように思えた。次に彼女はとどめをさしてくれたトリィの頭を撫でた。トリィはくすぐったそうに笑う。
「タカランさん。行こう。足腰平気?」
「言うようになったね。平気さ。頼むよ」
三人は積み木達の先導で脱出を図る。暗がりの通路を右へ左へ曲がる。順調に思えたがふと大きな声が聞こえてきた。
「こっちだ!でかい音がした!」
「あぁ。バレたか」
カトラは額に手を当てた。鎧を着た大男を地面に臥したのだから大きな金属音がなる。それすなわち軍にとっては異常事態である。
カトラは次の角を曲がるのを少し躊躇った。だんだんと多くの足音が近づいているからだ。一つ前の角に戻ってトラップを仕掛けることを考えたが、そんな時間もなさそうだ。
足音からして五人以上であると判断できた。トリィは懐からナイフを取り出して尋ねる。
「あたしやれるわよ。キャプテン」
そのナイフにタカランは見覚えがあった。かつて自分がビネアホエール号へと贈ったナイフであった。以前は刃渡が長めであるためカトラとコーンのみに使うように伝えていた。しかしトリィも当時のカトラと同い年。ナイフの危険性も有用性もしっかりと理解している。カトラもそれがわかっているからナイフをトリィに預けているのだ。
タカランは二人にバレないように微笑んでいた。しかし他方でカトラは少ししかめ面だ。トリィの顔を挟み込むようにつまむと、自らの顔を近づけた。
「選択肢にすぐにそれをくわえないの」
「はぁい。じゃあどうする?」
カトラは妙案を思いついた。二人に耳打ちすると、タカランは目を丸くし、トリィは目を輝かせた。
タカランはカトラの提案に納得がいっていなかったが、二人のあまりの勢いにそのまま座らされ、両手を近くにあった縄で縛られた。
タカランは呆然としていると、五人の兵士が曲がり角を曲がり、カトラ達のいる廊下へと躍り出た。兵士たちが槍を向けて、彼女達に吠えた。
「動くな!何者だ貴様ら!」
カトラは神々しいような、尊大なような態度で振る舞って答える。兵士たちから見るとタカランを縛り付けるカトラは正義を体現した人物のようだった。
「私達はこの大悪党を成敗しにきた!暴力により生計を立てるなど言語道断!私が裁いてくれる!」
トリィは手を胸の前で組みしおらしく涙を流してみせた。
「あぁ、お姉様。大悪党にも慈悲は必要です。私が歌を歌って差し上げます」
兵士達はわけもわからなかった。しかし憎き海賊に針を向け、裁くと宣うカトラ達のは味方のように思えた。彼らはぽかんと口を開けていることしかできなかった。
そして彼らを無視してトリィは慈悲の歌と嘯くお気に入りの歌を歌い始めた。
「波打つ旅路……ざぶざぶ街道……」
童謡。その歌は兵士たちにはそう聞こえた。しかし妙に心が落ち着くような気がした。トリィの甘露の歌声も相まって兵士達は槍を下げて聞き入っていた。
最後の一節を歌い終えると、カトラが高々と宣言した。
「さぁ、おしまいだ!」
その声が響いた瞬間、兵士たちの隙間を埋めるように黒いモヤが立ち込めた。彼らは一瞬遅れてそれに気がついた。
「な、なんだぁ?!」
黒いモヤの体ににぽっかり穴が開くように存在する鋭い牙の生えた口。ビネアホエール号の船員アマグモだ。
「お呼びでしょうか。ご主人」
尊大さを捨てたカトラがにっこりと船員に笑いかける。
「アマグモ!来てくれてありがとう。眠らせるぐらいで無力化しといてくれる?兵士さん達」
カトラの言葉に兵士達は槍を再び持ち上げかけたが、瞬く間に黒いモヤに彼らは絡み取られた。手をバタバタさせてあがいたが、彼らは強烈な眠気に襲われ、その場に崩れる。
タカランはその様子に目を白黒させる。アマグモのような存在を見たのは彼女の長年の経験からしても初めてだ。
「驚いたねぇ。カトラの船には興味深いクルーがいるもんだ」
「アマグモはうちの子たちのアイドルだよ。アマグモ、こっちはタカランさん」
恭しくアマグモは頭を下げる。といっても煙の形が変わっただけた。大きな口を動かしてアマグモの挨拶が始まった。
「お初にお目にかかります。アマグモです。タカランさんのことはご主人様より聞いております」
タカランは顔の皺をさらに深くしてアマグモに笑いかけた。
「あぁ、よろしく」
三人と黒いモヤ一つ。その一行はもう立ちはだかる兵士のいない牢獄の建物から脱出する。
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