第24話 偽装

 大は体を起こし、バッテリーの切れたスマホを見つめている。日本で攫われ、ザリフスタンで戦い、それでも画面の端に数カ所ひびが入っただけで済んでいるそれは、一緒に時間を跳躍した相棒のようなものだ。しかし、充電する手段は日本に帰るしかない。大島学長が大のいた時代の資料から作らせた充電ケーブルが日本にしかないのだ。

「また、それ見てる」

 ハナの言葉に何も応えず、ただ真っ黒な画面を見つめる。画面を見つめているだけで、元いた時代での日常が思い出されるが、スマホはまったく動かない。

 院内のオフィス家具の入れ替えのため、業者がせわしなく動く音が聞こえる。どうやら老朽化した物の入れ替えだけではなく、棚の増設や模様替えもしているらしい。搬入業者や病院の責任者が指示を出したりといった声にかき消されないよう、ハナは少し声を張る。それに対し、大は日本ではもっと静かに作業しそうなものだと感じる。

「明日、日本」

「荷物はこれだけだから、楽なもんだよ」

「楽、違う。狙われる。絶対」

 ザリフスタンや、別の国や組織が大を狙ってくる可能性は高いだろう。しかし、ここは国連の病院であり、近くには国連インド支部正規軍の基地もある。下手な手段には出られないはずだ。

 だが、下手な手段に出られないと高をくくっていては、日本で攫われた時と同じ轍を踏むだけだろう。

 今回、大とハナは運び出される古いオフィス家具に紛れてトラックに乗り、廃棄物処分場で軍の車に拾われて基地に移動し、最終的に輸送機で日本へ行くという話になっている。

「楽だよ。俺たちを守るためにみんなが色々と手を尽くしてくれてるんだ。だからゴミの振りをしてたらいいだけだ」

「ゴミ。重い、硬い」

 どうやら、ハナの心配はゴミに紛れて悲惨な目に遭うことのようだ。

「あー、そうか。ヘルメットとか貸してくれるのかな。ま、なんとかなるだろ」

「ヒロシ、自分のこと、適当」

「そんなことない、と思う。それにしても、ハナは日本語が少しうまくなってきたな。まだまだ片言だけど」

「任せろ。日本、着く時、完璧」

 得意げな顔で胸を張る少女は、この病院で日本語しか話せない大の担当スタッフと話すことが多かったからか、少しずつだが日本語が上達している。一方、大は相変わらず日本語しか話せず、英語も教科書に載っている程度で実用には耐えられない。

「ハナは案外頭がいいのかもな」

「だろ。通訳、ずっと、してやる」

「いや、日本に行けばみんな日本語だし、必要ないだろ」

 その言葉にハナは不満そうな顔をする。しかも英語や中国語が話せるわけでもない。

「じゃあ、役、立てない」

「日本でザリフスタン語を活かせる仕事があるといいな」

「お金、たくさん?」

 そんなことは大にわかるわけもないが、ハナに語学学校で働けるほどの学がなさそうなのはわかる。

「気楽にしていてくれるのはありがたいが、君たちのために何人もの職員の命がかかっていることを忘れないで欲しい」

 護衛チームのリーダーが口を挟む。大が入院してから配属された護衛チームで、唯一日本語の話せるスタッフだ。日本人ではないため発音に少し違和感があるものの、言葉としては問題ない。ただ、名前が聞き取れなかったために、大の中では「眼鏡さん」と呼ばれている。当然そんな呼び名は口に出せないが聞き返すのも失礼に思い、ずっと名前を呼ばずにいる。

「あ、えっと、それに関しては本当にありがたいやら申し訳ないやらで……」

「我々は日本のチームと同じ失敗はしないつもりだ。安心してほしい」

 日本で殺害された護衛チームを馬鹿にされているようで、その言葉に若干の苛立ちを覚えるが自制する。

「あれはかなり突然のことでしたし……。今回は予測が可能なだけ、まだ対策も出来るってことですよね」

「そうだな。狙われるという事だけは予測できる。どういう手に出るかはわからないが。そもそも、こちらがどのタイミングで動くかも知られていないはずだから、常に外で見張られていると考えないとな」

「それは、例えばあの人ですか? 交替で違う人が見てますよね」

 大はカーテンを小さく開き、そのわずかな隙間から一人の男を指さす。こちらを見たり病院の周りを見たりと、一箇所にとどまり動かない。

「驚いたな。そんなところまで見ているのか」

「ハナがたまたま見つけてくれたんですよ。定期的にあそこに立って、この病院を見てるみたいですね。怪しさしかないです」

 不安定な精神状態でもようやく護衛チームに慣れてきたとは言え、話し相手はほぼハナだけだ。眠れない夜も合わせると、時間は有り余っている。そのため、たまにこっそり覗き返したりしている。

「あれだけ堂々としているんだ、向こうも見られていることに気づいていると思って間違いないな」

「あいつ、定位置、他にもある。他にもいる」

 褒めろと言わんばかりのハナに眼鏡さんは「君も保護対象だからな」と告げる。

「もうすぐ、ランチ。もらってくる」

 この病室に関わる人数分の食事を乗せたワゴンを押してくるのが、ハナの仕事となっている。時間になれば係が運んでくるのだが、とにかく何か仕事がしたいらしい。

「あの子の目はすごいな。我々も当然認識していたが、監視場所が他にもあることまでわかっているとは」

「言われるまで気づきませんでした。だから最近は転々と病室を移動させられても、なるべくカーテンを開けないようにしてるんです」

「賢明な判断だ。では、食事の後にもう一度打ち合わせをしよう」



 翌日午前七時、大とハナはヘルメットとプロテクターを装着してトラックに積みこまれた古い書棚の中に紛れる。書棚とは言えこの時代なのでほとんど紙類は入っていなかったようで、代わりにほんのりと薬品の匂いが鼻をつく。オフィスではなく、薬剤を保管する部屋で使われていたものだろうか。

 もう少ししたら業者が来て、さらに廃品を積み込まれ運び出される。

 荷台に身を潜めてしばらくすると作業員たち話す声が聞こえてくるが、大とハナはこの国の言葉が理解できない。程なくしてAAの動く音がして、古いオフィス家具が積み込まれていく。大きめの書棚の中でうずくまっており体を保護する装備もしているが、緊張感はかなりのものだ。

「潰されそうでかなり怖いな。俺、まだ手術から二週間だぞ」

「大丈夫。今度、私、守る」

 二人は小声で話し、ハナが大の手を握る。しかしその手は震えていた。


 何度目かの音と振動の後、トラックのドアが閉まる音がした。これから動き出すのだろう。さすがに四百年以上も時間が進んでいるとモーターが一般的で、大にはなじみのあるエンジン特有の音や振動がない。しかも、他のトラックへ積み込みをしているAAのおかげで、音が聞こえづらく電源が入っているのかわからない。

「外の状況がわからないのは怖いな……」

 大が小さく独りごちると、ハナはさらに強く手を握る。

 モーターの駆動がホイールに伝わると小さく振動し、すぐに加速していくのを感じる。

「無事病院を出たみたいだな」


 廃棄物処分場に向けて三十分ほど走っただろうか。自動運転のトラックが急停止し、積み込まれた廃品が揺れる。緊張感に、体をさらに小さくする。

 運転手によるものなのか安全装置によるものなのかはわからないが、自動運転が当たり前になっているこの時代の車において、なかなか感じない揺れだ。

「まさか、来たのか?」

「静か、する」

 声を潜めて短いやりとりをし、ハナは持たされた拳銃に手をかける。貫通力が弱く、コンデンサが内蔵されており一瞬だけ電撃を与える、致死性の低い弾丸が装填されたものだ。

 大たちに外は見えないが、言い争うような声が聞こえる。トラックの運転席に座り、廃品回収業者を装っているのは国連の職員であり、作戦本部には非常事態を知らせる信号は届いているはずだ。少し離れた所に護衛の車もいたはずなので、よほどのことがない限りは大丈夫。そう、よほどのことがない限りは。

 AAの歩くような音が近づき、積み込まれた廃品をどかし始めたのだ。相手がAAでは人間では勝ち目がない。鉄製のデスクや棚がこすれる音や潰れる音を聞き、緊張感が胸を支配する。

「ヒロシ、武器、持つ」

 ハナに続いて大も拳銃に手をかけ、ハナが代わりに安全装置を解除する。大は武器を持つ事に抵抗がある。民間人にとって武器は眺める物だと心の中でぼやくが、仕方がない。そして二人の上に乗せられたデスクがどかされ、メキメキと音を立て書棚の扉が剥がされると、空が見えた。

「大、今!」

 二人は飛び出し、荷台の上でAAの腕をかわす。スピードのない土木用AAであったためにかわすのは容易であったが、問題は廃品が積み込まれたトラックの荷台の上という場所であり、非常に動きづらい。

「大、低い、飛ぶ!」

「いや、やれる」

 荷台から飛び降りろとハナが叫ぶが、やけに冷静な大は自らAAの手に乗る。が、そのまま腕をよじ登り、コクピットというよりも運転席といった風のそこに向かう。

 振り落とされて死ぬ心配のない、ターゲット本人である大は肩までよじ登る。幼い頃には外で遊ぶと言うと山の中を走り回るしかなかった田舎者だったからこそ出来た荒技だ。数少ない地元の友達とした木登りに比べたら、軍用の半分以下の高さしかなく、自分がいることで動けなくなるAAの運転席へのアクセスなど簡単なものだ。

 胴体にめり込むような形で頭の代わりに存在する簡素な運転席に迫ると、ドアを開いてシートに座る男に拳銃を向ける。しかし、ほんの一種ためらってからバトン型スタンガンに持ち替えて振るう。さすがに狭い運転席で外から振れば、外すのも難しい。ほんの一秒にも満たないが高圧電流を流された男は、意識こそあるものの痙攣して動けなくなる。

「ええと、こいつの駐機姿勢は……わからん、AI、レスティングポジション、プリーズ!」

 日本人らしいカタカナ英語で大が叫ぶと、音声認識で駐機姿勢になる。

「ごめん……!」

 手のひらを運転席ドアの横に付けると、動けずにいる男を蹴飛ばして乗せて、トラックの荷台に移動させる。

「ハナ、来い!」

 代わりにハナを乗せると立ち上がる。運転席に乗り込んだハナは大の膝の上でご満悦だ。

「ヒロシ、お前、すごい」

「いいからシートの後ろに行ってくれよ。前が見えないんだよ。ほら、AAは奪ったけど、まだあと二人いるから」

「ヒロシ、AA、負けない」

 大がシート位置を前にずらすと、乱雑に工具の押し込まれたシートの後ろに移動したハナは、もう遊園地のアトラクションにでも乗っているような気分だ。しかし他にAAがいないため、AA同士の戦闘にはならない。

 いきなり体を動かしたことで腹部の手術跡が痛むが、大はAAを操縦する。残る二人を無力化させて、廃棄物処分場に行かねばならない。だが、廃品を積んだトラックに乗っていたことで、行き先はもうバレているだろう。

 大が残る二人をどうにかしようとAAの腕を向けたところで、後続の護衛がようやく到着した。

「すまない。護衛らしく見せないために距離を置いていたら分断された。それも病院の敷地内でな」

 聞き覚えのある声がヘルメットの内側で響き、安堵する。

「安心しろ。後ろにもいたが他の部隊が片付けた」

 それから先は多勢に無勢で、残る二人の男は為す術なく拘束された。

「良かった。どうなることかと……」

「そんなことより、なぜ君たちがそれに乗っている。何かあれば飛び降りて逃げれるようにと、比較的低床のトラックを手配したのだが」

「あー、いや、えっと、これが一番安全かなと……。ところで病院で足止めって?」

「作業員の一人、現場でAAに乗ってたのがこいつらの仲間だった。業者が買収されたのだろうな」

 話を聞くと、設置工事をしていた搬入業者のAAが駐車場の出入り口を塞ぐようにバランスを崩して転倒し、近くにいる軍のAAが撤去作業に出てくる事態になったようだ。

「とりあえずAAから降りてくれ。このまま直接軍の基地へ行こう」

 襲撃した犯人と乗っていたAAは警察に引き渡すため、数人の職員がそこに残ることになった。念のため、廃品を積んだトラックはダミーとして処分場へ向かう。とにかく今は、予定通り大が日本へ行くのが優先される。

「君は無理をしないでくれ。君を無事日本に送り返すのが我々の仕事だ。率先して前に出られたら守るものも守れない」

 いくら殺される心配はないにしても、至極真っ当なその言葉に大は何も言い返せない。

「でも、大、すごいだった。褒める、しろ」

 ハナがフォローするが、眼鏡の軍人はそれを聞き入れない。

「とにかく、君は自分の安全を最優先することだ。いいな」

「はい……すみませんでした……」

 謝ることしか出来ず、大は車に乗り込んだ。

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