大罪人のジレンマ

阿僧祇

舌切り雀殺人事件

【8月16日深夜のT公園の草むらにて、鈴木里香(17)の遺体が発見された。


 被害者の死体は右の頬が切り裂かれ、舌が切り取られていた。この犯行は、今年の2月から5件目であり、いわゆる”舌切り雀殺人事件”の被害者だと考えられる。


 舌切り雀殺人事件の特徴として、被害者が16歳から18歳までの女子高生に限定されており、死因は市販のビニール紐による絞殺と決まっている。


 また、舌の切断には市販のはさみが使われており、必ず現場に残されている。


 他、被害者の出身校や友好関係、部活動などの情報で共通項は見受けられず、女子高生のみを狙った無差別殺人だと考えられている。】





 伴田は雑誌の記事を読み終わると、雑誌を閉じ、机の上に放り投げた。


「もう警察のメンツが立ちませんね。


 これで舌切り雀殺人事件が5件目ですよ。舌を切った意地悪ばあさんが捕まらないままだし、有力な目撃情報もないままですよ。」


 伴田の部下である和泉は、伴田をからかうようにそう言った。


「そんなことは分かっているんだよ。


 だから、大衆の雑誌を読んで、何か情報を仕入れてだな……。」

「そんなことをするくらいなら、現場の聞き込みの1つでもした方がいいですよ。」


 伴田は何も言い返さずにいた。伴田は和泉に聞き込みをほとんど任せているからである。


「だがな。怪しい容疑者は大体3人に絞られているだろう?」

「本当にこの中にいるんですか?」

「分からん。だが、限りなく怪しいな。」

「じゃあ、その3人の振り返りからしましょう。」

「ああ、そうだな。」


 伴田はそう言って、スーツの右の内ポケットから手帳を取り出し、容疑者の情報が集められたページを開いた。


「1人目は、第3の被害者の高校で、化学の教師をしている剛田春樹だ。


 剛田は第3の被害者と恋愛関係にあったらしい。もちろん、生徒と先生の恋愛はご法度だから、それを理由で彼女を殺した可能性がある。


 また、第1の被害者とも面識がある。そして、剛田の高校の職員室では裁断用のはさみが定期的に無くなることがあり、捜査線上に浮上した。


 しかし、第1と第3の被害者以外を殺害する理由が見受けられず、事件の傾向として、怨恨ではなく、無差別殺人の可能性が高いため、そこが犯人と仮定した時の不可解な点となる。


 2人目は、第2と第4の事件の第一発見者である熊田清だ。


 夜の散歩が趣味とはいえ、2つの事件の第一発見者となり得るのは、都合がよすぎる。それに、熊田清は去年から定年退職しており、昼間に時間がある人間であるため、被害者の調査などは簡単に行えたと思われる。


 しかし、熊田清は足腰が弱く、若い女子高生を絞殺できるのかと言う疑問が残る。さらに、第1の事件が起こった時、熊田はぎっくり腰で寝込んでいたそうで、熊田の受診した病院に確認した結果、確かに、ぎっくり腰の診断が出ていた。


 3人目は、女子高生の若田美鈴だ。


 若田は事件とは直接の関わりは無いものの学校を定期的に休んでいるそうで、5件の舌切り雀殺人事件の被害者が通う高校で目撃情報が挙げられている。


 本人は、舌切り雀殺人事件を自分なりに捜査しているのだと誤魔化していたそうだが、限りなく怪しいと言えるだろう。


 しかし、若田がはさみや絞殺用のビニール紐を買っていた証言などはなく、若田は家族と暮らしているため、被害者から切り取った舌をどこに保管しているのかと言う疑問があがる。


 ……ざっとこんなものだ。」

「まあ、ほとんど僕が聞きこんだことですけどね。」

「いいじゃねえか。こっちは泥臭く捜査するのは苦手なんだ。その代わり、めぼしい容疑者は絞ったし、それぞれの容疑者の特徴まできちんとまとめているじゃないか?」

「昔の伴田さんは、現場百遍の熱血刑事だと聞いていたんですけどねえ。」

「今回みたいな砂漠の中から砂金を探すような捜査は嫌いなんだ。


 確かに、事件が立て続けに起こっていることは、警察のメンツは丸つぶれだ。でも、こんな長期戦の事件は、聞き込みを行く気が起きないんだ。」

「……そうですか。まあ、いいですよ。


 警察である私が言うのは、いけないと思いますが、手掛かりがなさ過ぎて、次の事件を待つしかないほど手詰まりの状況です。


 だから、伴田さんの適当な推理を聞いて何か思いつければいいんですがね。」

「適当とはなんだ! ちゃんと推理しているだろう。


 それに、この3人の内、俺は1人に目星をつけてる。」

「そうなんですか?」

「ああ、この雑誌を読んで、気が付いたことがある。この雑誌に書かれている被害者の共通点を思い出した。」

「それは?」

「口の切り傷さ。」

「傷?」

「容疑者3人の内、この切り傷を付ける人間は、


 ……若田美鈴しかいない。」

「それはどういう……。」


 和泉が伴田にその結論の意図を聞き返そうとした所で、それを遮るように、携帯電話の音が鳴る。


 和泉は伴田に質問し直す前に、電話を優先することにした。和泉が右の胸ポケットから携帯電話を取り出す。和泉はいくつか応答した後、電話を切った。


「どうやら、その若田美鈴から話したいことがあるそうです。」

「犯行の自白か?」

「いいえ。


 どうやら、犯人を目撃したそうです。」


 伴田は眉を上げ、顔に笑みを浮かべた。

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