第16話 勝負の行方
「えっ――」
エレナが驚く間もなく、光線は一直線に下りてくる。そのまま寸分の狂いもなく直撃し、ドンという音と爆炎だけがその場に残っていた。
「なっ……!」
俺も驚くしかなく、ただただ目を見開くばかりだった。ベルの奴、追尾魔法を撃ちあげていたのか! 高度千以上まで直上に撃ちあがるようにセットして、そこから地表のエレナに向かって追尾させる。……短期間で帝国式魔法をここまで使いこなすとは恐れ入った。
「どうするんだ、これでもエレナの勝ちか?」
呆気に取られていると、クラーラがそんなことを言い出した。たしかに、先に止めを刺したのはエレナの方だ。……だが、ベルはそれを見越して追尾魔法を撃ちあげていた。
「げほっ、げほっ……」
「ぷはーっ、びっくりしたあ……」
ちょうどその時、ベルとエレナが煙の中から姿を現した。……これは訓練用の魔石を使った勝負だから二人とも無傷で済んだわけだが、実際の戦場では死んでいたわけだからな。
「どうするんだ、シュトラウス教官?」
「……二人とも、こっちに来い」
俺が呼び寄せると、二人はすたすたと歩いてきた。どちらも自分の勝利を確信したかのように、どこか自信ありげな顔をしている。
「先生、私の勝ちですわよね?」
「えー、私だよねっ?」
「……いいから、よく聞けよ」
まだ入学して間もないから当然と言えば当然なのだが、この二人は戦場がどういったものか理解していない。敵に撃たれて、死んでしまえばそこで終わり。どうあろうが負けは負けなんだ。
「エレナにベル、両方とも負けだ」
「えっ」
「えっ……?」
二人とも、俺の言葉に驚きを隠せていなかった。勝負と言っておきながら両方負けとは変な気もするが、そうするのが一番だと思ったのだから仕方ないだろう。
「まずベル。ブラフに見せかけた追尾魔法は見事だった」
「あ、ありがとうございます」
「だが――エレナに止めを刺しきらなかったのはお前の油断だ。戦場だったら、今頃お前は木っ端みじんの死体になっていただろうな」
「ッ……!」
ベルはビクッと反応し、悔し気に唇を噛んだ。「木っ端みじんの死体」は大げさな気もするが、事実その通りなのだ。コイツは優秀な魔術師だが、おそらく戦場に出た経験はないだろうしな。
「次にエレナだ。破格魔法の特性を生かし、自爆紛いの攻撃をしたところまでは良かった」
「じゃあ、どうして」
「お前はそこで気を抜いてしまい、ベルの追尾魔法に気づかなかった。もっとも、俺も気づいていなかったから人のことは言えんがな」
「……はい」
エレナはしゅんとして黙り込んでしまった。もちろん、二人とも新入生にしてはかなりハイレベルな戦いを繰り広げたことは間違いない。上級生でも、こいつらに匹敵する実力を持つような者はかなり限られるだろうな。
「うむ、その辺でいいだろう」
「校長……」
俺が一連の話を終えると、クラーラもこちらに歩み寄ってきた。コイツからは二人の戦いはどう見えていたのだろうか。現役の頃のクラーラは自分で直接戦闘に加わることは少なく、ほとんど後方で支援役に徹していたが。
「シュトラウス教官の言う通りだな。二人とも油断が原因で『戦死』だ」
「はい」
「はーい……」
「だが、よく戦っていた。君たちが同じ部隊にいれば、戦場の兵士たちもきっと心強いだろうな」
すっかり落ち込んでいたエレナとベルだったが、クラーラの言葉を聞いてハッと頭を上げていた。やはりコイツは他人のことをよく考えている。自信を失いそうになっているところを、ちゃんとフォローしてやったんだからな。
「そもそもシュトラウス教官の基準が厳しいのだ。いち生徒として見るなら君たちはかなり優秀だ」
「こ、校長先生……!」
「えー、ほんとー?」
ベルは感激して笑みを隠せていないし、エレナに至ってはニヤニヤが止まらないといった感じだ。コイツら、俺がさっき言ったことを忘れたんじゃないだろうな。
「じゃあ、そういうことだ。後は任せたぞ」
「あ、はい」
クラーラはそう言い残し、軍服をはためかせてすたすたと立ち去っていった。……そもそも、なんで勝負なんかすることになったんだっけ?
「ごめんね、せんせー。負けちゃったよ……」
「申し訳ありません。勝てると申し上げましたのに……」
「え? あ、うん」
そういや、エレナが勝手に怒って勝手に勝負をけしかけてベルが勝手に受けたんだったな。結局白黒つかなかったしなあ、どうしたものか。
「まあ、今日のところは両方負けだ。これを機に、二人とも仲良くするんだな」
「……」
「……」
二人は何も言わずに佇んでいた。さっきまで散々戦っておいて、いきなり仲良くしろというのも無理な話か。まあ、ゆっくり時間をかけて――
「……今日はありがと」
「えっ?」
その時、エレナがベルに向かって右手を差し出した。顔はそっぽを向いているが、どこか照れ臭そうにしている。それを見たベルはくすりと笑い、自らの右手を差し出した。
「こちらこそ、ありがとうございました。次こそは負けませんよ」
「ふん、覚えておきなよ」
二人はがっちりと握手を交わし、互いの目を見つめあった。互角の実力を持った者同士、きっとこれから良きライバルとなるのだろう。……正直、羨ましいと思ってしまった。俺がまだ軍に入って間もない頃は、自分と同格の存在なんていなかったからな。
「二人とも、互いを尊敬する心を忘れるな。お前たちは二人で切磋琢磨して、いつかは前線で戦う魔術師になるんだからな」
「分かった!」
「はい、もちろんです……!」
エレナとベルは元気よく返事した。もちろん、実際の戦場はこんな明るい雰囲気で臨める場所ではない。……けど、今だけは。この二人が過ごす青春だけは、どうか明るく楽しいものであってほしいのだ。
「せんせー、ちょっと聞いていい?」
「なんだ?」
「……昔のせんせーだったら、私たちとどう戦ったの?」
意外な質問に、俺は虚を突かれてしまった。エレナは興味本位で聞いたようだが、俺にとっては重い質問だ。かつてのように空を飛べたとしたら、俺はこの二人の優秀な生徒たちとどう戦っただろうか?
「……まあ、エレナは簡単だな。お前の射程圏外から追尾魔法で狙い撃ちだ」
「えー、ひどっ!」
「そうだなあ、ベルは器用だから難しそうだな。むしろうまく接近して、火力で圧倒するのが一番だろうな」
「たしかに、そうされると対応が難しそうです……」
エレナは露骨にショックを受けていたが、ベルはいろいろと考えを巡らせているようだ。実際、航空魔術師として戦っていたときは地上の魔術師など屁でもなかったからな。……いや、一人だけ例外はいたが。
「でもさあ、結局せんせーには勝てなさそうだね」
「ははは、どうしてそう思うんだよ」
「だってさ――せんせーは『ハイルブロンの英雄』だもん!」
――その瞬間、この場を流れる時間が止まったような気がした。ベルは目を見開き、明らかに困惑した表情を見せている。俺は、俺はただ……立ち止まることしか出来なかった。
「お、おいエレナ!」
「ふえっ?」
「あまり昔のことは言うなって――」
「え、でもベルちゃんは親戚なんでしょ? 知ってるんじゃないの?」
「いえ、私は……初めて知りました」
「えー、そうなんだ! せんせーってすっごい人でしょ!」
「……そうですね」
ベルの表情はみるみる曇っていき、僅かながら身震いしているのも見える。こんな形でバレるとは、完全に気を抜いていた。……ベルの奴、前に随分と「ハイルブロンの悪魔」のことを聞いてきたよな。何もなければいいんだが――
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