第10話 宿敵との邂逅
破格魔法は、自らの複雑な波形をもって防御魔法を撃ち破る。火力魔法に代表される原始魔法と違い、魔術師なら誰でも簡単に放つことが出来るわけではない。必死の鍛錬の末にようやく習得するものなのだが――稀に、生まれながらにこの魔法を使える人間がいるのだ。
「校長、やはりアーレント学生は……」
「紛れもない破格魔法の使い手だ。どうりで向こうの防御魔法が効かないわけだ」
エレナの方を見ると、次弾に備えて魔力を溜めているところだった。妙に自分の魔法に自信を持っていると思っていたが、なるほどこういうわけだったのか。防御魔法について質問してきたときに何か考えていたのも、自分が破格魔法を撃てると知っていたからだろう。
「校長、敵の動きは?」
「一度散開していたが、現在は隊形を立て直しつつある。高速でこちらに接近中だ」
「反撃が来るな。学校全体に防御魔法を展開する」
「アーレント学生、引き続き攻撃するぞ。目標は先頭の魔術師だ、敵を脅かせればそれでいい」
「承知しましたっ」
エレナは元気よく返事をして、再び半身になって構えた。こちらに近づいているとはいえ、肉眼で正確に目標を捉えるのは難しい。クラーラが逐一座標をエレナに転送することにより、初めて正確な攻撃が可能になるのだ。
「探索を行った。方位変わらず三十度、高度二百で接近中」
「確認しました。術式は火力魔法を選択」
「アーレント学生、防御魔法を展開中だが構わず攻撃せよ」
俺が展開しているのは単純な防御魔法だ。エレナの破格魔法なら簡単に貫いてしまうだろうし、わざわざ攻撃時に解除する必要はないだろう。
「敵魔術師が魔力を充填中! 備えよ!」
「防御魔法、魔力最大!」
「攻撃用意よし、いつでも撃てます!」
「よし、撃て!」
クラーラの号令に応じて、エレナが三発目の火力魔法を解き放った。再び突風が巻き起こり、エレナのポニーテールが揺らめいている。橙色の光線が繰り出され、迷いなく敵の編隊に突き進んでいった。
「当たれっ!!」
エレナは大声で叫んだが、ジェルマンたちは俊敏な動きで回避してみせた。やはり高速で動く航空魔術師に対し、エレナのような初心者が魔法を当てるのは難しい。さっきは当たったけど、あれは不意打ちみたいなもんだからな。
「敵への命中を認めず!」
「探索魔法を……ジェルマンが発砲! ソラ、頼む!」
「はっ!」
俺は可能な限りの魔力を押し出し、学校全体を覆いつくした。ジェルマンの魔法に耐えるには右足のことなど忘れるしかない。俺は歯を食いしばり、右半身に襲い掛かる激痛に耐えていた。
「くおおっ……!」
「来るぞ、伏せろ!」
「は、はいっ!」
クラーラはエレナの頭を押さえつけ、地面に伏せさせている。俺は両手を上に突き上げ、ただひたすら魔力を放ち続けた。そして――上空から三本もの緑色の光線が降り注いでくる。学校近辺の森を躱すようにして、光線は綺麗な曲線を描いていた。
「ソラ、追尾魔法だっ!」
「分かってる!」
「せんせー!!」
二人の叫び声を聞きながら、俺は最大限の魔力を発揮した。ジェルマンのことだ、攻撃目標は間違いなく魔法を撃ったエレナだろう。自分の身を守るならともかく、生徒を守るためなら右足が吹き飛ぼうが構わない!
「ぐっ!!」
「消えた!?」
キインと甲高い音が響き渡り、三本の光線が全て消え失せた。僅かな光の粒だけが舞い上がり、キラキラと空を彩っている。
「せんせー、すっご――」
「ソラ、あと一本だ!」
「何っ!?」
思わず上空を見上げると、さっきより明らかに太い光線が向かってくるのが見えた。しまった、一本足りないと思ったらジェルマンが遅れて撃ってきていたのか! 部下たちに先に撃たせて、俺たちが気を抜いたところを刺す。……奴らしいな。
「防御魔法展開!」
「伏せろ!」
「はいっ!」
二人が伏せたのを確認してから、俺は再び防御魔法を展開した。今度は部下のひ弱な魔法じゃない、ジェルマン本人の魔法だ。さっきは魔力でごり押しして打ち消せたが、今度は弾ければ御の字といったところだろう。
「来るぞ!」
「はあっ……!」
俺が力を込めると、ガチンと大きな音が響き渡って光線が防御魔法に食い込んだ。なんとか押し戻そうと魔力を制御するが、打ち勝てない。じわじわと侵食されていき、それに伴って右足に強い痛みが走る。
「大丈夫か、ソラ!」
「せんせー!」
「いいから、伏せとけっ……」
体内の魔力がみるみる消費されていくのを感じる。全力を発揮出来れば魔法を打ち消すことなど他愛もないのに、この憎たらしい右足の傷がそれを許してくれない。
「すまんっ、軌道を変えるだけで精いっぱいだ……!」
「まずいっ!」
「きゃあっ!?」
次の瞬間、緑の光線が軌道を変えながら防御魔法を貫いた。そのまま校舎すぐ近くの木造倉庫に直撃し、爆発音が轟く。木片が飛び散り、俺たちのいる校庭にも降り注いできた。
「あっつ!!」
高温の木片が体に直撃し、俺は思わず声を上げてしまった。クラーラは必死にエレナの頭を押さえつけ、じっとこらえている。間もなく爆風が収まり、俺は周囲を警戒した。……最悪の事態は免れたようだが、このままでは時間の問題だ。
「クラーラ、敵魔術師の位置は!?」
「高度七百、直上より急降下してくる!」
「エレナ、攻撃用意! クラーラの座標を待つな、自分の判断で撃て!」
「はいっ!」
空を見上げると、ジェルマンを先頭に敵の編隊が降下してくるのが見えた。既に術式を展開しているのが肉眼でも確認できる。この距離だ、そんな高等な魔法は使わないはず。エレナは立ち上がり、真上を見て目標を捕捉していた。
「攻撃用意よし! 撃ちます!」
エレナは右手を突き出し、四発目の火力魔法を繰り出した。ドンと大きな響き、橙色の光線が勢いよく飛んでいく。ジェルマンは素早く回避したが、やはりエレナの破格魔法を打ち消せないのか、光線があらぬ方向へと歪められてしまった。近くを飛行していた部下に直撃し、大きな爆炎が上がる。
「当たった!」
「油断するな、次弾用意!」
エレナは慌てて構え、魔力を充填していた。敵編隊はほぼ自由落下に近い加速度で降下してくる。このまま俺たちに止めを刺し、一気に頭を上げて急上昇するつもりだろう。……いや、待てよ?
「エレナ、攻撃待て」
「せ、せんせー?」
「ソラ、どうした!?」
「火力魔法を撃つ。二人とも、爆発に警戒しろ」
言うが早いか、俺は火力魔法を直上に繰り出した。もちろん右足のことを考え、出力は最小に絞っている。赤い光線が打ち上がり、ジェルマンたちの下方へと向かっていった。火力魔法は魔力を熱と光に変換し、目標物を焼き切るものだ。だが――少し工夫すれば、まるで砲弾のように空中で炸裂させることが出来るのだ。
「さん、に、いち……今!」
カウントダウンが終わるのと同時に、小さな爆発が起こる。煙が大きく上がるように調整していたので、学校上空が黒煙に包まれていた。
「よし、逃げるぞ二人とも!」
「はっ?」
「えっ?」
「すまんクラーラ、おぶってくれ!」
クラーラは不思議な顔をしつつも、俺のことを背負って走り出した。エレナも一緒についてきて、俺たちは校庭の中心から距離を置いていく。
「せんせー、どういうこと!?」
「いいから逃げるぞ、降ってくる!」
「降ってくるって、何が――」
「うわああああっ!!?」
目論見通り、敵魔術師の絶叫が聞こえてきた。けたたましい衝撃音が響き、後方で爆発が巻き起こる。……同じ航空魔術師としては忍びないが、先に攻撃してきたのは向こうだからな。
「せんせー、何をしたの!?」
「爆炎で奴らの視界を奪った。あの猛スピードだ、少し目測を誤れば地面に激突する」
「じゃあ、今の音は――」
「奴らが落っこちた音だ。あまり心地いい音じゃないな」
「ソラ、後ろだ!」
「えっ?」
クラーラに言われた通りに振り向くと、そこには地面ギリギリで頭を引き起こすジェルマンが見えた。まさに最下点に到達したとき、奴はじっと俺の顔を見る。
(ジェルマン……!)
向こうも俺の存在を認知したのか、気味の悪い笑みを浮かべていた。黒いマントをはためかせ、一気に高度を上げていく。……一瞬だが、四年ぶりの邂逅だな。空に上っていくジェルマンを見つめていると、クラーラが声を掛けてきた。
「おい、どうしたソラ!」
「……校長、五人中四人の撃墜を確認しました。アーレント学生に追撃命令を」
「その必要はない。たった今、味方魔術師の配備が完了したとの通信魔法が入った」
街の方に顔を向けると、まさに地上から対空魔法が放たれているのが目に入った。流石に一人だけになっては、ジェルマンとて無理はしないはず。俺はクラーラの背中から降り、周囲の状況を確認した。
「了解しました。ジェルマンの現在位置は?」
「高度を千にまで上げ、急速にレムシャイトから離れつつある。恐らく領空から離脱するだろう」
「校長、倉庫がまだ燃えているようです。水魔法で消火を」
「ああ、分かった。私がやろう」
クラーラは倉庫の方に歩いて行った。ふと周囲を見渡してみると、エレナが校庭の方を見つめたまま立ち尽くしていた。
「どうした、エレナ?」
「せんせー、あそこ」
「あれは……」
そこに広がっていたのは――地獄のような光景だった。ついさっきまで人であったはずの肉塊が散らばり、赤黒い血だまりが出来ている。上空から高速度で墜落した航空魔術師には、こんな末路しか待ち受けていない。周りに散らばっている何個かの仮面だけが、彼らがジェルマン配下の優秀な航空魔術師であったことを示していた。
「……せんせー、私は学校を守れたんだよね」
「あ、ああ」
「私、皆のためになったんだよね?」
「その通りだ」
「じゃあ、なんで……?」
エレナの足元に、ぽたぽたと滴り落ちるものがあった。特に顔を歪めるわけでもなければ、悲嘆にくれているわけでもない。ただ校庭を見つめたまま、その綺麗な目から涙を流し続けていたのだ。
「エレナ……」
俺は右足を引きずりつつ、エレナのもとに向かった。地獄を覆い隠すように立ちふさがり、小柄な体を抱きしめてやる。……人殺しの咎を負うには、あまりにも小さい背中。コイツはまだ学生であって、決して軍人じゃないんだ。
「ソラせんせー……!」
エレナは俺にしがみつき、声を押し殺して泣いていた。わんわんと泣き出さないのは、せめて普段の自分らしく取り繕うとする意地だろう。
「よく頑張ったな、エレナ……」
俺は頭を優しく撫でながら、エレナが守った校舎を見つめていた――
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