86.お祝い事は連鎖する

 主だった国は五つ。リクニス国の乗っ取りを企んだ、ホスタ王国の先代王は破滅した。そのホスタ王国に攻め込む可能性を危惧されたカラミンサ公国は、初恋を実らせるロマンチックな政略結婚で幕を閉じる。


 軍事大国セントーレア帝国と、リクニス国はまもなく結婚で結ばれる予定だ。独立独歩、好き勝手してきたエキナセア神聖国は、災害に続き国主である教皇の死で混乱していた。


 ここで元日本人が危惧したのは『コロナリア建国記』に記された、コロナリア国の台頭だ。圧倒的軍事力を誇る帝国と表記された、セント・レーアとセントーレアは響きが近い。ほぼそっくりだ。帝国を滅ぼし、新たな国が生まれるのか。


 その懸念も、あのアスカを見て薄まった。他の物語もすでにかけ離れ過ぎて、ほんのりと外殻が残っている程度だ。強制力を懸念するも、迷信に近いくらい疑わしい状況だった。


「このままいくと……全部の物語を壊した世界になるんじゃないか?」


 クレチマスの指摘に、カレンデュラも同意した。現在も王宮に詰めている父オスヴァルドは、国王フィゲリウスの尻を叩いて働かせている。崩壊しかけた国の旧体制を見直し、新たな仕組みを構築していた。


「安心して嫁げそうだわ」


 ほっとした様子の友人に、ティアレラは笑顔で提案した。


「ねえ、結婚式を合同にしない? 私とシオン、カレンデュラとコルジリネ皇太子、クレチマスとリッピア嬢。三組もあるの」


「ねえ、ビオラとルピナス神官を忘れてるわ」


 カレンデュラに指摘され、ティアレラは手で口元を押さえた。その表情は、本当に失念していたようで。失敗したと顔に書いてあった。


「合同結婚式……響きが良くないな」


「毎日続けて結婚式は素敵よ」


 クレチマスは前世の記憶から、ある宗教団体の結婚式を思い浮かべて反対する。せめて呼び方を変えようと提案する前に、リッピアがぽんと手を叩いた。顔の前で合わせた手と幸せそうな微笑み、クレチマスは一瞬で落ちた。


「そうだな、リッピアが望むなら毎日結婚式にしようか」


 ……兄バカ? いえ、ただのお馬鹿さんよ。目配せしあった二人をよそに、タンジー家の兄妹は満面の笑みだった。


「調整は必要だけれど、確かに全員結婚できる状況なのよね」


 国の間で起きそうだった戦は回避できたし、国々の摩擦も落ち着いた。いっそ、国中で結婚式をしちゃったらいいわ。投げやりにティアレラが呟くと、なぜか賛同された。


「お父様に相談してくるわ」


「タンジー公爵家は問題ない」


「ビオラに連絡をしなくちゃね」


 盛り上がる騒ぎに、何が起きたかと侍女と騎士が心配して顔を覗かせた。無邪気にリッピアが使用人を巻き込んだ。屋敷中に広まり、やがて数日で外へ漏れていく。


「これも一つの強制力かしらね」


「祝い事の連鎖だから、止めなくていいと思うわ」


 神殿に匿ってもらったビオラにも、もう大丈夫と伝えなくては。やることを書き出しながら、カレンデュラは口元を緩めた。こんな手間なら悪くないわ。

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