56.聖女捕獲の一報
「ビオラが……捕獲された?」
タンジー公爵からの知らせを受け取り、カレンデュラは愕然とした。作戦の一環とはいえ、彼女を隣国へ派遣したのは自分だ。その責任と後悔が胸に押し寄せる。行かせるのではなかった、そうではないわ。もっと守りを固めるべきだったのかも。
混乱しながら、後悔を振り払う。後でも間に合うことは今すべきではなかった。まずはビオラの安全確保が最優先だ。カレンデュラは大急ぎで王宮へ伝令を出す。と同時に、作戦を立てるためにクレチマスを呼び出した。
義妹リッピア同席なら……と返事を寄越したクレチマスを待てず、カレンデュラは行動を起こす。タンジー公爵家の王都屋敷に向かった。返信は途中で受け取り、そのまま先触れとほぼ同時に到着する。
「君らしいが、かなり礼儀に欠けた行いだ」
「でしたら、後でいかようにもお詫びしますわ。ビオラが囚われました」
「は?」
初手で情報を共有する。ここで無駄な駆け引きをする時間が惜しかった。カレンデュラの表情から嘘ではないと判断し、クレチマスは客間へ彼女を通す。隣にリッピアを座らせ、男女二人きりの状態を避けた。公爵家同士、いつ噂になってもおかしくないのだ。
「ラックス男爵令嬢には、デルフィニューム公爵家の護衛がついていたはずだ」
「ええ。まだ報告がないの。おそらく……」
一緒に囚われたか、始末されたか。言いづらい部分を濁し、カレンデュラはきゅっと唇を噛んだ。普段はしない無作法だが、クレチマスは目を細めただけで指摘しない。気持ちは理解できた。同じ日本から来た者同士、どうしたって感情移入はある。
「領地より伝令が参りました」
執事が報告を上げ、手紙を受け取ったクレチマスはその場で開封した。公爵夫人の手筆で、今回の情報が端的に記されている。ほぼ同時にタンジー公爵と手分けをして書き記し、伝令の速さで到着に差が出たのだろう。
「王宮には伝令を出したけれど、届いているかもしれないわね」
カレンデュラは綺麗に整えた髪が崩れるのも気にせず、くしゃりと指を入れて俯いた。髪を引っ張る指先に力がこもる。
「後悔する時間が惜しいの。救出作戦を考えるから、指摘してほしいわ」
求めているのは参謀役だ。作戦の立案はカレンデュラ一人でも可能だが、前世も含めて戦場に立った経験などない。欠落した視点を補ってきたのが、友人カージナリス辺境伯令嬢ティアレラだった。今回、彼女は領地に帰っている。
同じ辺境出身のタンジー公爵子息クレチマスに、その役割を求めた。一瞬だけ躊躇い、クレチマスは承諾する。僅かに迷ったのは、義妹が隣に座るからだ。彼女を遠ざける必要も理由もないが、あまり厳しい現実に晒したくない本音もあった。それでも……国家や友人の一大事とあれば動く。
覚悟を見せたクレチマスに、眉尻を下げたカレンデュラは微妙な表情を向けた。愛でも恋でもなく、手のかかる弟を見るような眼差しだ。
「作戦は考えたの。危険な部分と抜け穴を見つけて」
カレンデュラは己の作戦に自信がある。だから自らは気付けない。現実の戦場で崩壊しかねない危険を、先に見つけて塞ぎたかった。
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