47.見えない糸が繋げるもの
娘カレンデュラと別れたオスヴァルドは、足早に国王が待つ執務室へ向かった。忙しなくノックして、返事がある前に開ける。
「っ、待っていた」
「情報の出所はどこだった?」
国王フィゲリウスが広げる紙に記された名前に、ペンで下線を引いた。第一王子の側近だった者、ミューレンベルギア妃の侍女だった者。二人の名前をオスヴァルドは睨んだ。
「侍女の方が危険だな」
娘に指摘されたのもあるが、ミューレンベルギア妃に参謀役がいたはずだ。先代ホスタ王の伝令役か、または彼の野望に火をつけた者である可能性すらあった。公爵は宰相にはならないが、王の相談役を兼ねた側近として、国政に口出しする。
嫌でも策略や裏の事情に詳しくなるものだ。先代ホスタ王の能力は知らないので判断材料から外し、ミューレンベルギア妃の実力を推し量る。その結果が、否と示していた。
リンゲルニア妃を殺そうと考えたのは、その参謀ではないか? オスヴァルドの推測に、フィゲリウスはそうであれと願った。
「だが、今になってカレンデュラを殺害したところで、状況の好転は見込めない。何を狙ったんだ?」
オスヴァルドの横顔を食い入るように見つめるフィゲリウスは、瞬きすら忘れた。本気で言っているのか? このバカは……。
「お前を狙ったのだろう」
「……は?」
間抜けな声を漏らす親友に、国王は額を押さえた。頭が良い奴だと思っていたが、一周回って役に立たないではないか。なぜ狙われないと思うのか。
元から婚約者ではない公爵令嬢カレンデュラの権力など、高が知れている。それより国政に口出しできる立場と、王の側近である地位、豊かな財産を持つ男の方が危険だった。もしデルフィニューム公爵家が、国王を見限って独立を宣言したら?
第一王子派の貴族は、行く宛を失う。王族の派閥争いに敗れただけでなく、所属する国が消える可能性があった。足元が揺らぐ原因になり得る男を消そうと動くのは、短絡的だが正しい本能だった。
想像すらしなかったオスヴァルドは、しばらく考えてようやく理解したらしい。
「次からは気をつけよう」
「最初から気をつけてくれ」
やれやれと首を横に振る国王の隣で、デルフィニューム公爵は紙の上に落ちたペンを拾い上げる。ふと……インクが垂れたことに気づき、その先にある名前に釘付けになった。
「これは……タンジー公爵家の縁戚じゃないか?」
「ああ、そうだが」
なぜ気になったのか、理由がわからず、国王は不思議そうに呟く。タンジー公爵家は三つの爵位を持つ。そのほかに寄親となって保護する貴族が複数いた。その中の一つ、ジキタリス子爵家の長男だ。
「ジキタリス子爵家は、カージナリス辺境伯領の隣だ」
言われて、地図を広げた。寄親のタンジー公爵領とカージナリス辺境伯領の両方に土地が接している。これが何を意味するのか、公爵には見えて王には見えなかった。
「周辺国と婚姻または婚約した家を、すべて調べる」
確証を持った友の言葉に、王は逆らうことなく承諾した。
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