30.拗ねていただけ ***SIDE第二王子

 僕には兄がいる。母親が違うため、仲良く遊んだ記憶はない。それどころか、顔を合わすなり怒鳴られた。


 父には妻が二人いる。いや、二人いた。僕を産んだ母は、この国の侯爵家出身だ。王である父に望まれて結婚し、直後に新たな妃がねじ込まれた。相思相愛の新婚家庭に、他国の王女が嫁いできたのだ。粗雑に扱うこともできず、父は苦慮したと聞く。


 母は毒殺され、僕にも大量の毒が盛られた。一口で即死するような毒が混じった食事、部屋の水差しから注いだ水も信用できない。毒見役は次々と血を吐いて倒れ、僕は震えながら守られ続けた。


 毒見を重ねても、口にすることがある。いっそ死んだ方が楽だと思う苦しみを耐え、僕は必死で命にしがみついた。母を殺した卑怯者の思惑に乗ってたまるか、アイツらに後悔させてやる、と。


 第一王子である兄ローランドが王太子になると聞いて、すべてがどうでも良くなった。父はもう母のことを愛していない。そう感じた。その後、婚約破棄騒動を起こした兄が失脚し、ホスタ王国の謀略の責任を取る形で、ミューレンベルギア妃が処刑される。


 正直、もうどうでもよかった。父は母を忘れ、僕の存在も放置したのだ。王太子に任じたローランドが死んだら、次は僕が担ぎ出されるのか? 冗談じゃない。戦盤の駒扱いされてやるつもりなんて、僕にはなかった。


 離宮から王宮へ戻るよう伝えにきた侍従長に、はっきりと断る。転がり込んだ王位などいらない。母上を殺され、父上に見捨てられ、それでも勝手に死を選ばないのは……母上が産んだ命を無駄にしたくないから。


 同時に、父王の思惑に乗って跡を継ぐ気持ちもなかった。必死に説得する侍従長は、仕方なかったのだと悲しい顔をする。殺されないよう守るため、遠ざける道しか選べなかった? 国の頂点に立つ者が、己の妻や子を制御できないと声高に叫ぶのか。


 最愛の女性だと言いながら、母リンゲルニアを守れなかった。何を言っても言い訳にしかならないのに。


 王位を欲しがる者はいくらでもいるはず。僕でなければならない理由はない。外へ出れば余計な詮索をされ、また好奇の目に晒されるのだろう。本当に悪いと父上が思うのなら、もう僕のことは放っておいてくれ。


 説得できなかった侍従長が、肩を落として報告に向かう。彼に悪いと思いながらも、自分から折れる気はなかった。


 そんな矢先、飛び込んできた従姉妹だという金髪美女。真っ赤な瞳を怒りに燃やし、顔を見て名を呼ぶなり、僕の両頬を叩いた。一度目は閉じた扇で、二度目は平手で。折れた扇を足下に投げ捨て、二度目を振りかぶる姿に目を見開く。


 大きな驚きと……わずかばかりの好意を抱いた。痛む頬を両手で包んだ僕に、彼女は一息に吐き捨てる。


「戦う覚悟がないなら、さっさと死になさい。リンゲルニア様が命を懸けて産んだ子が、こんな臆病者だったなんて! 己に課せられた運命と責任をなんだと思っているの」


 はっとした。僕は何もしていない。拗ねて膝を抱えていただけ。母上の名誉を汚したのは、僕自身だった。顔を上げた僕に「少しはマシになったかしら」と眉根を寄せた従姉妹は、顔の整った婚約者を連れて去っていく。


 僕が果たす責務は、まだ手付かずのままだ。母上に誇れる人生であったと、死の間際に胸を張りたい……強くそう思った。

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