11.証拠品は回収できたみたい

 嫁いだ後も実家に頼るのは、まれにある話だ。国家間での政略結婚なら、嫁ぎ先の国に支援をすることもあるだろう。ただ、それが一般的な応援の意味でなら構わない。嫁ぎ先の貴族に金品をばら撒いて味方を作り、正当なる王家の後継者を殺そうと企むのは別の話だった。


 今回、ミューレンベルギアが犯した失態は、息子を直接動かしたこと。失敗を察知する能力が低く、うっかり失言をしたこと。相手の力量を謀り損ねて罠を仕掛けたこと。ぱちんと音をさせて扇を畳み、カレンデュラは満面の笑みを浮かべた。


「陛下、構いませんわね?」


「任せる」


 国王フィゲリウスの全権委任を取付けた公爵令嬢は、斜め後ろで息を殺して見守る婚約者を振り返った。


「やっておしまいになって!」


 本当は「やっておしまい!」と悪役っぽく言い放ってみたかったカレンデュラだが、コルジリネ皇太子への言葉遣いとしては問題がある。少しばかり品よく装うとして、失敗した気がした。


「我が姫君の仰せのままに。やれ」


 やだっ、その乱暴な最後の一言にときめいちゃう。カレンデュラが頬を赤らめて見惚れる皇太子殿下は、さっと指先で首を落とす仕草をした。動いたのは護衛騎士達だ。普段から連れ歩く双子の騎士が、一礼して前に立った。


 夜会に参加する貴族達は危険を察知し、窓や壁に身を寄せる。ミューレンベルギアが、助けを求めるように国王へ視線を向けた。いつもなら、隣国との関係を重視して、彼女を助けてきた。それが悪い方向へ働いている。国王は己の失態を自覚した。


「ああ、私は最初から間違えたのだな」


 出会った時から、新たな妃への接し方を間違えた。その後もずるずると触らずに距離を置き、小さな悪意を大きく育てたのだ。自覚した国王フィゲリウスは、首を横に振った。もう助けることはないと、突き放した形だ。この騒動が終わったら、第二王子へ譲位する覚悟も決まった。


「っ! 役立たず」


 悔しそうに吐き捨てたミューレンベルギアに、国王の表情がすとんと落ちた。無表情で睨むでもなく、ただ見つめる。居心地の悪さを感じたのか、先に視線を逸らせたのは妃の方だった。


「捕えよ」


「なんの権限があって、そのような……」


 吐き捨てるように短く発せられた騎士の命令に、ミューレンベルギアが抵抗するも……。開いた扉から入ってきた男の手にある物を見て、がくりと崩れ落ちた。立ち上がった椅子から滑る形で床にへたり込む。


「遅いですわ、お父様」


「悪い。なにしろ荷物が多くてな。探すのに時間がかかった」


 ミューレンベルギアが部屋を出た隙に、デルフィニューム公爵が部屋の調査を行う。国王の許可を得て行われる上、彼女の侍女や侍従はすべて拘束した。情報を遮断し操り、娘であるカレンデュラが罠を仕掛ける。


 自白を引き出す以外に、妃を自室へ戻らせない目的もあった。嬉しそうなカレンデュラは、一瞬……意識が逸れた。すべてが描いた通りに動き、万能感に支配される。その油断をついた形で、ミューレンベルギアが動いた。


「危ない! カレンデュラ様」


「させるか」


 窓から離れたビオラが叫び、慌てたコルジリネが走る。振り返ったカレンデュラは……目を見開いた。

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