第8章:スポットライトの真実

 リンダとアキラの双子の誕生は、瞬く間に世界中の注目を集めた。両性具有者と女性研究者の間に生まれた一卵性双生児の男の子――それは、この新しい時代においても前例のない出来事だった。


 朝のニュースショーで、アナウンサーがその話題を取り上げる。リンダは、ディオールのシルクローブに身を包み、髪をゆるく結い上げた姿で、静かにテレビを見つめていた。その瞳には、不安と決意が交錯していた。


「リンダ、大丈夫?」


 アキラが、優しく彼女の肩に手を置く。アキラの肌は依然として美しく、妊娠と出産を経てもなお、その中性的な魅力は健在だった。


「ええ、なんとか……」


 リンダの言葉には、かすかな疲れが滲んでいた。


 メディアの取材攻勢は日に日に激しさを増していった。彼女たちの家の周りには常に記者が張り付き、外出するたびにカメラのフラッシュを浴びせられる。リンダは、シャネルのサングラスの奥で、時折涙ぐむことがあった。



 東京国際フォーラムの大ホールは、世界中から集まったジャーナリストやカメラマンで埋め尽くされていた。空気は緊張感に満ち、低いざわめきが会場全体に広がっていた。


 リンダは楽屋で最後の準備をしていた。エルメスのスカーフを首元に巻き、その柔らかな絹の感触が彼女に僅かな安心感を与えた。鏡に映る自分の姿を見つめ、深呼吸を繰り返す。髪は丁寧にまとめられ、化粧も完璧だった。しかし、その瞳には不安と決意が混在していた。


「リンダ、始まるわよ」


 澄子が静かに声をかけた。


 リンダは頷き、ゆっくりと立ち上がった。家族全員が彼女を見守る中、壇上への扉に向かって歩き始めた。


 扉が開くと同時に、無数のカメラのフラッシュが彼女を包み込んだ。一瞬、目が眩んだが、リンダは毅然とした態度で壇上に立った。


 マイクの前に立ち、会場全体を見渡す。数百の目が彼女に注がれている。リンダは再び深呼吸をし、ゆっくりと口を開いた。


「皆様、本日はお集まりいただき、ありがとうございます」


 彼女の声は、最初こそ少し震えていたが、徐々に力強さを増していった。


「私たちの研究について、多くの憶測や誤解が広まっていることは承知しています。本日は、その真意を正しくお伝えしたいと思います」


 リンダは一瞬言葉を切り、聴衆の反応を確認した。全員が固唾を呑んで彼女の言葉に耳を傾けている。


「私たちの研究は、決して特定の性別や遺伝的特徴を優先するものではありません」


 彼女の声は、徐々に熱を帯びていった。


「むしろ、多様性を尊重し、すべての人々が幸せに生きられる社会を目指すものなのです」


 会場に静寂が広がった。リンダは続けた。


「私たちが目指すのは、誰もが自分らしく生きられる世界です。性別や遺伝子の違いに関わらず、すべての人が平等に機会を与えられ、自己実現できる社会を作ることが、私たちの究極の目標なのです」


 リンダの言葉が終わると、会場は再び騒然となった。質問の声が飛び交い、カメラのフラッシュが止まることなく彼女を照らし続けた。


 リンダは一つ一つの質問に丁寧に答えていった。時に難しい質問もあったが、彼女は科学的根拠と倫理的配慮を交えながら、誠実に対応した。


 記者会見が終わり、リンダが楽屋に戻ると、家族全員が彼女を温かく迎えた。


「素晴らしかったわ、リンダ」


 澄子が彼女を抱きしめた。


「あなたの言葉は、きっと多くの人の心に届いたはずよ」


 ユリが優しく微笑んだ。


 リンダは疲れた表情を浮かべながらも、安堵の笑みを浮かべた。この記者会見が、彼女たちの研究と生き方に対する世間の理解を少しでも深めてくれることを、心から願った。



 しかし、彼女の言葉は、センセーショナルな見出しに歪められてしまう。「天才科学者、人類の救世主となるか」「新たな優生学の幕開け?」――そんな見出しが踊る新聞を見るたび、リンダの心は痛んだ。


 家族の平穏な生活も脅かされ始めていた。子どもたちは外で自由に遊ぶことができず、パートナーたちも常にストレスにさらされていた。


 ある夜、リンダは家族会議を開いた。リビングに集まった家族の顔には、疲れと不安が見えた。澄子の凛とした横顔、ユリの繊細な指先、香織の優しい瞳、麻衣の強い眼差し、智子の思慮深い表情――そして、アキラの温かな微笑み。リンダは、愛する人々の顔を一つ一つ見つめた。


「みんな、新たな決断を下す時が来たわ」


 リンダの声は、静かでありながら力強かった。家族全員が、息を呑んで彼女の言葉に耳を傾けた。


 窓の外では、夜空に星々が瞬いていた。それは、未知の世界への旅立ちを予感させるかのようだった。

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