26 いざ、舞踏会へ①
その日の夜。
夕食が終わりホッと一息ついたころに、アレク様が訪ねて来た。
「エステル、少しいいだろうか?」
「はい、もちろんです」
室内に招き入れようとすると、アレク様は「少しだけ俺に付き合ってほしい」と私に右手を差し出す。不思議に思いながらもその手をとった私は、アレク様にエスコートされながら庭園まで歩いた。
夜の庭園では月明かりに照らされた噴水がキラキラと輝いている。
アレク様はその前で立ち止まり私に向き直った。
「エステル、これを」
そう言いながら小箱を私に手渡す。
「これは?」
「開けてみてくれ」
言われるままに箱を開けると、そこには美しい宝石が入っていた。
深紅の宝石は見たこともないようなきらめきを放っている。
こ、これは絶対に高いやつだわ。落としたら大変ね。
「ネックレス、ですか?」
それにしては短いような気がする。
「チョーカーというらしい。王都で流行っているそうだ」
「へぇ、とっても素敵ですね!」
アレク様と私の間に妙な沈黙が降りた。噴水から流れでる水音だけが聞こえてくる。
「その、気に入ってもらえただろうか?」
「え?」
「エステルのドレスに合わせて作らせたんだ」
「ということは、これは私のためのもの?」
「そうだ。俺からあなたへの贈り物だ」
私はたっぷり間を開けたあとに「ええー!?」と叫んでしまった。
「こんな高そうなものを私に!? いいんですか?」
「エステルにもらってほしい。できれば、明日の舞踏会で身につけてほしいのだが」
「もちろんです! 必ず身に付けますね。すごく嬉しいです!」
「良かった……」
胸をなでおろすアレク様。
「断られたらどうしようかと思っていた」
そうつぶやくアレク様を見て、私はとんでもないことを思ってしまった。
「アレク様って、もしかして――」
そこまで言葉にして私は口を閉じた。
今、私、何を言おうとしたの? 何を期待してしまったの?
アレク様が不思議そうな顔でこちらを見ている。言葉のつづきを言えずに視線をそらすと、私の手にアレク様が優しくふれた。
「エステル。舞踏会が終わったら、あなたに伝えたいことがある」
私に向けられる瞳があまりに真剣で目をそらせない。
「予想外のことであなたは戸惑うかもしれない。あなたを困らせてしまうかもしれないが、どうか聞いてほしい」
私がなんとかコクリとうなずくと、アレク様は微笑んだ。その嬉しそうな笑みを見て、私の鼓動はどうしようもなく早くなる。
「戻ろうか、エステル」
何も言わずに手を取り合って並んで歩くこの時間が、ずっと続けばいいのに。
そう思った。
*
次の日。
約束通り、昼から来たメイド達に、私は舞踏会の準備の仕上げをしてもらった。
その中のメイドの一人は、私の髪をブラシでときながらずっと真剣な表情をしている。
「優雅に流す……? 豪華に盛る……? いえ、ここは聖女様の美しさを引き立てるために、少しだけ編んで髪飾りを……」
ブツブツと言いながら髪を編むメイドは、しばらくすると「はい、できました!」と顔を上げた。
鏡には、いつもの髪型を元にしながらも舞踏会にふさわしい華やかさを足したような私が映っている。
「すてき……」
私のつぶやきを聞いたメイドは、嬉しそうにうなずいた。
「聖女様、とってもお美しいですわ」
「ありがとうございます。これなら私も貴族令嬢に見えますね! あっいえ、元から私も貴族ですけど」
実家が貧乏男爵家だったので貴族らしい生活をしてこなかったけど……。
髪のセットが終わると今度はドレスの着用だった。メイドが二人がかりでドレスを広げている。このドレスは背中部分が開くようになっているので、そこをめいいっぱい開けてそこから着用する。
「聖女様、ここに足を入れて立っていただけますか?」
「はい」
言われるままにドレススカートをまたぎドレスの中心に立つと、メイドたちはドレスを上に上げた。スカートがふわりと広がる。
手伝ってもらいながら私はドレスのそでに腕を通した。
最近まで知らなかったけど、舞踏会用のドレスを着るのはすごく大変なのよね。一人でなんか着れないわ。
貴族令嬢にメイドが必要な理由がよくわかる。
着用したドレスは、私の身体にピッタリと合っていた。どこもたるんだり、余ったりしていない。本当にわたしのために作られたドレスだった。
肌ざわりもいいし、着ているだけでスタイルが良く見える。
全身鏡を見つめながら、私は自信に満ちたフリーベイン領の服飾士の瞳を思い出した。
約束通り、彼女は最高の仕事をしてくれたのね。
私の肩にある黒文様は、予定通り可愛らしい花飾りで隠した。
それまで部屋の隅で控えていた護衛騎士のキリアが、小箱を持って近づいてくる。
「エステル様、これを」
「ありがとう、キリア」
これは昨晩、アレク様がくれたアクセサリーだった。メイドの一人がキリアから、うやうやしく小箱を受け取る。
小箱から取り出されたチョーカーを私の首につけたメイドは、感嘆するようなため息をもらした。
「とてもお似合いですわ」
鏡に映る自分自身を見て、私も「本当に」とつぶやく。
アレク様は『ドレスに合わせて作らせた』と言っていたけど、元からこのドレスの一部だったのではないかと思いたくなるくらい調和がとれている。
全身鏡にうつる姿を見て、私はメイドたちとうなずきあった。
「素敵に着飾ってくれて、ありがとうございます!」
メイドたちは、一斉に頭を下げた。
「光栄です、聖女様!」
その後ろでは、キリアが「お美しいです、エステル様!」と手放してほめてくれている。
いける。これなら美青年の隣に立ち、かつ、堂々と公爵様の婚約者を名乗れるわ!
キリアが「先ほどから扉前で閣下がお待ちです」と教えてくれた。
「今、行きます!」
足取り軽く部屋から出ると、そこには舞踏会用に着飾ったアレク様が立っていた。
「!?」
そのあまりの眩しさに、私はつい目をつぶってしまう。
そうだったわ、私が着飾るんだから、アレク様だって着飾るんだわ!
なんとか目を開けてアレク様を見ると、今まで見た騎士服とも平民服とも違う格好をしていた。
男性の服のことはよくわからないので、くわしく説明できないけど、なんというか、もはやこれは王子様服。そう、王子様のようなアレク様がそこにいた。
美形って何を着ても似合うのね。
感心していると、アレク様の首元に輝く宝石に気がついた。深紅のその宝石は、私の首元を飾るものと同じで……。
私の視線に気がついたのか、アレク様は「エステルと揃いなんだ」と教えてくれる。
「なんというか私達、とても婚約者っぽいですね」
「ぽいじゃなくて俺たちは婚約者だ」
そういうアレク様は、いつものように優しい笑みを浮かべている。
「エステルはいつも美しいが、今日は一段と輝いているな」
サラリとこんなことを言えるなんてアレク様って本当にすごいわ。理想の王子様ってこういう人のことを言うのかもしれない。
そういえば、アレク様は公爵で王族の血を引いているんだった。
私、頑張って着飾ったけど、今のアレク様の隣に立って大丈夫かしら?
少しだけ不安になりながら、差し出されたアレク様の手を取り隣に並ぶ。ふと見上げたアレク様の耳は真っ赤に染まっていた。
それを見た私は、なんだかホッとして嬉しくなってしまった。
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