13 いざ隣国へ
私からあふれ出した光は、大きく膨れあがると空に昇っていった。
上空でパンッとはじけ飛んだかと思うと、空からヒラヒラと淡い光が降りそそぐ。
「エステル様、これは!?」
側にいたキリアが驚いているけど私にもわからない。
「わかりません、こんなことは初めてで……」
そのときは、何が起こったのか、誰もわからなかった。
*
それから、ひと月後。
一緒にお茶をしていたアレク様は難しい顔をしていた。
「前にフリーベイン領の上空に上がった光の正体だが」
「わかったのですか!?」
「わかった、というよりは……あれからフリーベイン領に、魔物が一度も出ていないんだ」
フリーベイン領は、それまで頻繁に魔物が出ていたと聞いている。でも私が来てからはめったに出なくなったと言っていた。
その魔物が今度は、まったく出なくなったらしい。
「ということは……」
「おそらく、何かしらの聖女の力でフリーベイン領全域が守られているのではないだろうか?」
「そんなことが可能なのでしょうか?」
歴代聖女の中でそんな力を持っている人がいたなんて聞いたことがない。
「できないのか? 王都では、聖女の力で魔物は長年出ていないと聞いている」
「たしかに王都では魔物はでませんでした。でもそれは歴代聖女が邪気を浄化し続けていたからであって、浄化をやめると魔物がでたと思います」
フリーベイン領では邪気が少ないので、私はほとんど浄化をしていない。だから、この土地は邪気が多くて魔物が出ているのではない。
それなのに、急に魔物がでなくなったというなら、それは浄化ではなく大聖女様だけが使えたと伝えられている魔物を寄せ付けない結界を張る力に近い気がする。
そう伝えると、アレク様は「結界……」とつぶやいた。
「舞踏会が開催される隣国カーニャでは、邪気や聖女について積極的に研究しているらしい。そこで何かわかればいいのだが」
「そうですね……」
もし本当に私が結界を張ることができたのなら、偶然ではなくいつでもその力を使えるようになりたい。そうすれば、聖女がいない国で魔物におびえて暮らす人達の恐怖を取り除けるかも?
アレク様の手が、そっと私の手にふれた。
「まだわからないことだらけだが、フリーベイン領にとってこれほど嬉しいことはない。ありがとう、エステル」
澄んだ紫色の瞳が優しく細められる。アレク様に微笑みかけられると、私はとても嬉しくなる。
「お役にたてて光栄です!」
この勢いで、婚約者のふりも立派に果たしたい。
アレク様とのダンスレッスンは順調で、ダンスを教えてくれるベレッタ先生にも「お二人とも、うまくなりましたね」とほめてもらえた。
貴族のマナーも学び直したし、隣国の文化も調べて準備は完璧……だと思う。
「エステル。以前から伝えていたが、フリーベイン領から隣国カーニャの王都まで馬車移動で数日はかかる。もうそろそろ出発する予定だったが、魔物が出ないなら安心して旅立てるな」
「そうですね」
「道中はこまめに休息するし、宿も手配しているので心配しなくていい」
「はい!」
はじめて他国に向かうけど不安は少しもなかった。
キリアと一緒に荷物も詰めたし、あとは出発するだけ。
*
出発の当日。
空は青く晴れ渡り、ポカポカ陽気が気持ち良い。まさにお出かけ日和だった。
動きやすいワンピースを着て、旅用のブーツを履いている私に、キリアはフード付きのマントを手渡す。
「朝晩冷えることもあるでしょう。エステル様、こちらをお持ちください」
「ありがとうございます」
受け取ったマントの手触りのよさに、ついうっとりしてしまう。
「エステル様、こちらに馬車を準備しております」
キリアに案内された先で、私はポカンと口を開けた。
頑丈そうな大きな馬車の周りを騎乗した騎士達が取り囲んでいる。その後ろには荷物を積んだ荷馬車も見えた。
「こんなにたくさんで隣国に行くんですか?」
私の質問には、キリアが答えた。
「騎士の半数以上は、フリーベイン領を守るために置いて行きます。道中不安かもしれませんが、必ず我らがエステル様をお守りします」
「いえ、不安とかじゃないんです」
ひとりぼっちで王都から出発した日とは、比べ物にならないくらいにぎやかだったので少し驚いてしまっただけで。
「エステル様、先に馬車にお乗りください」
キリアのエスコートを受けて私は馬車に乗り込んだ。馬車内は、あと五人くらい乗っても平気そうなくらい広い。もしかすると、宿がない場所ではこの中で寝ることもあるのかもしれない。
しばらくすると、周囲が騒がしくなった。
馬車の窓から外を見るとアレク様がこちらに向かって歩いてきている。黒い騎士服の上にマントを羽織り、颯爽と歩くアレク様から目が離せない。
「わぁ、かっこいい」
美青年とのおでかけって幸せよね。
馬車に乗り込んできたアレク様と視線があった。私が小さく手をふると、アレク様はなぜか固まる。
「エステル?」
「はい?」
「ど、どうして同じ馬車に?」
その問いは私ではなく、馬車の外にいたキリアに投げかけられた。
「どうしても何も、婚約者が別々の馬車で隣国に向かったら、仲が悪いのかと疑われてしまいます」
「いや、しかしっ!」
「ごゆっくり」
キリアは良い笑みを浮かべたまま馬車の扉を閉めた。
アレク様は、なんだか難しい顔をして固まってしまっている。
「あの、アレク様。この馬車、とても広いから二人で乗っても大丈夫ですよ!」
少しの沈黙のあとで「……あ、ああ、そうだな」と小さな声が返ってきた。
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