03 私たち、一緒ですね!

 ふと夜中に目が覚めたのは、キィと扉が開く音が聞こえたからだった。気のせいかと思ったけど、コツコツと足音が近づいてくる。


 護衛騎士のキリアは、「この部屋は、厳重に警備されているので安心してお休みください」と言っていた。


 だから、この部屋に入れるのは危ない人ではないはず。もしかして、キリア? それともメイド? 何か緊急事態なのかもしれない。


 私はベッドから起き上がると寝室から出た。室内は暗くて相手の姿が良く見えない。


「どちらさまですか?」


 声をかけると人影は立ちどまった。


「……俺に話があると聞いた」


 低く落ち着いた声だった。


「話って、あっ!」


 そういえば、『明日にでも時間を作ってほしい』と公爵様に伝言をお願いしていたわ。


「もしかして、公爵様ですか?」


 人影がコクリとうなずいたので、私はあわてて頭を下げる。


「お初にお目にかかります。私はエステルと申します。実は婚約の件でお話が――」

「俺もその件で話がある」


 固い声で話をさえぎられた。


「はい、なんでしょうか?」

「婚約の件は、なかったことにしてくれ」

「と、いいますと?」


 公爵様からの言葉を待っていると、月を覆っていた雲が晴れて、窓から月明かりが差し込んだ。


 月明かりに照らされた公爵様は、背の高い青年だった。その顔には見慣れた黒文様が浮かんでいる。


 ハッとなり両手で口を押える私を見て、公爵様は自嘲(じちょう)した。


「この醜(みにく)いアザが理由だ。俺の全身に広がっている。おぞましかろう?」


 私は、無言で首をふった。


「ムリをしなくていい」

「あ、あの!」


 私は一生懸命に自分の顔を指さした。ついさっきまで寝ていたので黒ベールをかぶっていない。私の顔には、公爵様と同じ文様が浮かんでいるはずなのに、公爵様は不思議そうな顔をしている。


「あれ?」


 仕方がないので私が袖をまくると、腕にあった黒文様は消えていた。


「おかしいわ」


 ナイトドレスをずらして肩を出すと、ようやく見慣れた黒文様を見つけられた。


「な、何を!?」


 驚いている公爵様に、私は肩の黒文様を指さす。


「あの、公爵様、これを見てください!」


 公爵様の瞳が大きく見開いた。


「あなたにもアザが……どうして?」

「私は邪気を吸収して体内で浄化する聖女なのです。その影響でこうなってしまって……。公爵様は?」


「俺は、幼いころから魔物討伐で返り血を浴び続けていたらこうなった。ずっと俺だけなんだと……」

「私も黒文様が浮かび上がるのは、私だけだと……」


 だって、歴代聖女の中に黒文様が浮かび上がった人は、一人もいなかったから。


 この数年間、私は毎日王都の邪気を浄化した。それでも邪気は増す一方で、少しずつ私の身体の黒文様は広がっていった。


 邪気に塗(まみ)れていく自分は、いったいどうなってしまうの? 不安だったけど誰にも相談できなかった。


 こんな思いをしているのは私だけなんだと思っていた。まさか、私と同じように黒文様で苦しんでいる人がいたなんて。


「公爵様……」


 子どものころから過酷な境遇だった公爵様に、こんなことをいうと怒られてしまうかもしれない。でも、私はどうしてもこの言葉を言いたかった。


「私たち、一緒ですね!」


 公爵様は、しばらく無言で私を見つめていた。やっぱり怒らせてしまったかもしれない。


「エステル、と言ったか?」

「は、はい、そうです」


「俺はアレク・フリーベインだ。アレクと呼んでくれ」

「でも……」


 婚約の誤解が解けて、これから下働きをさせてもらう私が、公爵様を名前で呼ぶわけにはいかない。


「えっと、あの、お気持ちだけで」


 私がそう伝えると、公爵様はなんともいえない顔をした。

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