第8話

 そんな時、ラクリマのライスにある化学兵器工場で事故が起きて有毒化学物質が流れ出した。

 ライスはゼピュイルとの国境の近くだった。


「ラクリマはゼピュイルに攻め込む気だったのか!」

 ジムはたまたま隣にいた和実に食ってかかった。


「まさか。ゼピュイルは中立国だろ」

 とは答えたものの、言っている自分でも空々そらぞらしく聞こえた。


 今時『中立』なんて、まだ戦争を始めていない、と言う程度の意味でしかない。


「ならなんで、ゼピュイルとの国境付近に化学兵器工場なんて作ったんだ?」

 ジムの問いに和実は答えられなかった。


  * *


 ティアがいると知ると、近隣の村からも来て欲しいという要請があった。

 そのためティアは近隣の村にも度々出かけていた。


 ケイとラウルはその都度ついていった。

 影でどう思われてるか分からないが、自分達が目を離した隙にティアが襲われでもしたらボディガード失格である。


 一緒にいるうちに三人は更に親しくなっていった。


「あの備蓄庫ってなんのためにあるの? まさかケイに作られたってわけじゃないんでしょ」

 三人で昼食後のお茶を飲んでいるときにティアが言った。


「俺の祖父も入れたから、俺だけのためじゃないのは確かだな」

 ケイが答える。

「なんで誰でも利用できるようになってないのかしら」

 ティアが首をかしげる。


「置いてあるものから見て軍の備蓄庫だったからだろ」

「『ぐん』って何?」

 ティアが訊ねた。


「軍隊って言うのは戦争をするための組織だ」

 ケイが答える。

「戦争って?」

「国同士の争いだよ」

 ラウルが言った。


「国って言うのは?」

 ティアに聞かれてケイは言葉に詰まった。


 ケイ達が産まれたときには既に国家というものは存在しなくなっており、戦争というものもなかった。


 村同士の戦いが起きることは稀にあるが……それも戦争というのだろうか?


 それくらい集団戦がほぼないから当然軍隊もない。

 しいて言うならミールが一番軍隊という組織に近い。


 昔、戦争が存在していた頃、平和を願った人達は今の状態を想像しただろうか。


 文明が崩壊し、国家すら存在しなくなった原始的な世界、それが今のアウラだ。

 国も軍隊も戦争も、ケイ達が産まれたときには既に存在しなかったのだからティアが知ってるわけがない。


 ケイはなんで自分が知っているのか、よく分からなかった。

 多分、祖父が教えてくれたのだろう。

 祖父は物知りで色んな話をしてくれた――特に審判前の話が多かった。

 ケイが国の説明に苦労しているのを見てラウルが話題を変えてくれた。


「ケイのおじいさんってどんな人だったの?」

 ラウルの問いに、

「ケイにおじいさんがいたって話は聞いたことあるけど、ご両親の話をしたことはないわね。どうして?」

 ティアが訊ねた。


「物心ついたときには祖父しかいなかった」

 ケイが答える。

「おじいさんってどんな人だったの?」

「祖父は物知りで……手品が得意だった」


 子供の頃は魔法使いだと思ってたというのは気恥ずかしくて口に出来なかった。

 三人の年が近い上に、もう長く一緒にいたせいもあって一度話し出せば会話は弾んだ。


 とはいえケイは相変わらず自分の生い立ちなどはほとんど話していないが、それを言うならケイもラウルの経歴などは知らない。


 自分も話す気がないから無理に聞くことはできない。

 と言っても気にならないわけではないのだが。


 ラウルとは、たまたまミールの連中に囲まれたところを助けてくれたのが縁で一緒に旅をするようになった。

 別にピンチだったわけではないが助けてくれたことには代わりはない。


 生い立ちどころかラウルがミールに狙われてるのかどうかさえ知らなかった。

 もっとも銃を使っていると言うだけでミールにとってはラウルを殺す動機になるのだが。


 それを言うなら今ではティアやこの村の人間も同様である。

 だから本来ならケイはあまり他人と関わってはいけないのだ。

 ケイと関わっただけでミールの攻撃対象になる。


 だからなるべく人と関わらないようにしてきたつもりだった。

 それでも関わらずにはいられなかった。

 結局、人間というのは一人では生きられないのだろう。


 村の食事はパンにジャガイモなどの野菜を煮たりしたものとスープなどが一、二品という質素なものだったが携帯食ばかりだったケイ達にしてみればご馳走だった。

 時折だが肉も出た。


「この村は審判前から農業を営んでましたのでな」

 村長が誇らしげに言った。


 だから壊れて使えなくなっていたが自家発電機まであった。

 トラクターなどもあったが壊れていて、整備できる人間も、壊れた部品の替えもなかったので使えない。


 建物も審判前のものだから素材は宇宙空間で生成された特殊合金だった。

 そのため、いったん中に入って鍵を閉めてしまえば原始的な武器しか持たない盗賊が押し入ることは出来ない。


 耐熱耐火性だから火をつけられてもびくともしない。


 審判前から農村だったから今となっては珍しくなった家畜もいるのだ。

 もっとも、それだけに盗賊にはよく狙われるらしく、村の人間は女性も含めてみな相当強いようだ。


 幸い審判前は盗賊などいなかったため武器や兵器などはなかった。

 この村で使われる武器はナイフや手作りの槍や弓だった。


 弓の実演をみせてもらったが、みんな的の中心に当てていた。

 格闘の実演ではケイと村人が戦った。

 手こずったわけではないが強かった。


「素晴らしいですな」

 村長はそう言って手を叩きながらケイをめると、

「よろしければ、それを村のものに教えてやってくださいませんか」

 と頼んできた。


「それはかまわないが……」

「それではよろしくお願いします」


 というやりとりがあってケイは戦闘訓練の指導をすることになった。


「ラウル、お前にも教えてやる」

 ケイがラウルに声を掛けると、

「僕もやるの?」

 と嫌そうな表情を浮かべた。


「拳銃がないとき、知っておけば便利だ」

 ラウルは渋々頷いた。


「私にも教えて」

 ティアは自分から申し出てきた。

「分かった」

 ケイは了承した。

 ティアも覚えておいて損はないだろう。


 食事が終わるとお茶が出た。


「お茶が飲めるのも有難いよね」

 備蓄庫には茶葉などの嗜好品しこうひんはない。

 このお茶もこの村で作ったものだ。


 今この村に嗜好品である茶葉の種をウィリディスから買うゆとりはない。

 これはまだティアの両親が生きていた頃、譲られた種を大事に育て、増やしてきたものだった。

 ウィリディスに見つかると厄介やっかいなので目立たないところで育てられている。


 大量にあるわけではないから貴重品である。

 それを毎日出してくれるのだからティアは相当大事な賓客ひんきゃくと言うことになる。

 米があれば米も出してくれたかもしれない。


 農家の朝は早い。

 ケイ達も他の村人同様、夜明けには畑に立っていた。


「ケイ! ティア! こっちにおいでよ!」

 ケイが畑に向かおうとしていると、ラウルが畜舎から呼びかけてきた。


 ケイとティアは顔を見合わせると、ラウルのいるところへ向かった。


「どうしたの?」

「牛乳絞るところ、見せてくれるって」

 ラウルが言った。

「ホント!?」

 ティアは嬉しそうにラウルの横に並んだ。


 ケイも二人の隣に立つ。

 確かに家畜は珍しいから牛乳をしぼるところなど滅多に見られない。


 三人が真剣な面持ちで眺めていると、

「やってみますか?」

 と村の女性が言った。


 ケイ達は顔を見合わせると、交代でやらせてもらうことにした。


 まずティアがやることになった。

 ティアは上手くはないが、なんとか牛乳をしぼっている。


「家畜がいる村で何度かやらせてもらったことがあるの」

 次にラウル、ケイの順番でやったが二人とも一滴も出なかった上に危うく牛に蹴られそうになった。


「これって結構難しいわよね」

 ティアは真面目な顔でそうなぐさめてくれたが村の女性達は笑っていた。


 牛乳を搾っているところを見ていると足に仔牛が頭を押しつけてきた。


「餌をやってみますか?」

 女性はそう言うとケイ達の手に餌を握らせてくれた。

 ケイが仔牛に餌を差し出すと、仔牛はケイの手ごと餌を口に入れた。


「手を食われた!」

 ケイは慌てて手を引いた。


 ケイの慌てぶりに周りの人達が大笑いした。


「ケイ、大げさだよ」

 ラウルがそう言って仔牛に餌を差し出すと、ラウルも手を食われた。

「うわ!」

 ラウルが慌てて仔牛から離れる。


 村の女性達は爆笑した。


「噛まれたよ! 牛って人の手も食べるの!?」

 ラウルの言葉に女性達は腹を抱えて笑った。

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