第一章25話『牽制』

「遅ぇよシエナ、てめえが一番最後だぞ」


如何いかにもじゃ、今尚わらわが上機嫌でおるのはオヌの貢ぎ物である琥珀糖こはくとうのおかげじゃいうことを忘れるでないわ」


 ここに集ったシエナを含めた五人のとりで達は全員、黒衣こくいに身を包んでいるがそれぞれには黒衣を突き破って突出した隠しきれない特徴こせいがあった。

 オヌと呼ばれた喧嘩腰な口調の男性はとの混血種で、頭部からは黒衣こくいのフードを突き抜けた一本の立派な角は全方位に威圧感を放っている。


 次に食レポ初心者のように手に持った琥珀糖こはくとうを笑顔で頬張りながら「美味じゃ♪」と特定のワードを連呼する一人称がわらわの女性。

 彼女はとの混血種で、尾骶骨びていこつ辺りからはしなやかに揺れ動く円錐のしっぽが身体の後ろで見え隠れしていた。


「まあまあ、今度の件で最も被害をこうむっているのは水鏡すいきょうでしょうからその辺でいいでしょう?」


「あま――――い! うさみみ君は地上に住んでるからそんなことが言えるんだよ。私は暗い中、地上に降りてきて怖くて気が気じゃなかったんだよぅ…うぅ……」


 残る二人も他三人と同様、動物と人間との混血種だ。

 との混血種である、やんわりとした口調の青年はシエナと同様にフードを突き抜けたうさぎ耳が先端を項垂れさせて愛らしくこちらを覗き込んでいる。


 最後にその彼をと呼んでいた小柄な少女はとの混血種で、彼女もフードを突き抜けて頭部から円錐のねじれた角を突出させていた。


「互いに長居は禁物ですし早速本題に入りましょうか」


「いやいや、遅れたおめえが何仕切ってんだ? 筋違いもいいとこだろ」


 この会合を開いた張本人であるシエナはまるで自身に主導権があるかのような物言いで勝手に話を進めようとするが、彼女の言葉に待ったをかけたのは鬼角を持つ男性だった。

 そんな彼に続き、尻尾持ちの女性も彼に同調の意を示す。


「つくづくおぬしとは気が合うのう、とはいえシエナの言い分も一理ある。オヌも分別を弁えよ」


 ――――のかと思いきや。

 彼女はシエナの言い分に一定の理解を示すと唯一オヌをぎょせる者として彼を制止する。

 しかしそう簡単に血の気の多いオヌが引き下がるわけもなく、募る苛立ちが最頂点に達するとその矛先は割って入ってきた姉貴と呼ばれた蛇女へと向けられる。


「おいおいちょっと待て、いくら姐貴の言葉でも何も無しに素通りするわけにはいかねぇよ」


 仲裁に入られたことで尻尾を持つ女性に怒りの矛先を変えて食って掛かるオヌは腰に携えた刀を抜いて肩に担ぎ、攻撃態勢を取り始める。

 だが尻尾を持つ女性はオヌの攻撃モーションを見ても微動だにせず、むしろ彼の攻撃を真正面から受けようとしていた。


「全くもって面倒じゃ、早く済ませよ」


 この場にいる全員が各国の二番手であり、一癖も二癖もある連中だ。

 そしてとりでは皆、何かしらの動物との混血種。

 そんな彼らの性格はの比率に大きく左右される。

 中でも今、言い争っている二人はの比率が過半数を占めている。

 故にこれから起こる展開をこの場にいる誰もが理解していた。


「うさみみ君、止めなくていいの?」


「……」


 むき出しとなった刀身に鋭利な殺意が乗ったことで二割増しとなった切れ味の刃物を前にしても一切怯むことなく、むしろさらに挑発する尻尾を持つ女性の姿に円錐の角を持つ少女は慌てた様子でうさぎ耳を生やした青年の服を引っ張りながらこのままでいいのかと尋ねる。

 しかしうさぎ耳の青年はまるで見慣れた光景かのように、ただ静かに二人の成り行きをじっと見守る。


「メリュウよ、手出し無用じゃ」


「上等だ、叩き切ってやる! 横薙よこな一攫ひとさらい!!」


 刀が振り抜かれる寸前、黒衣こくいの隙間から青色の瞳が標的を覗く。

 直後、オヌの刀は横一文字に振り抜かれ、切り落された前方にある数本の枝は切断部分が不自然な形になっていた。

 綺麗な断面ではなく文字通りような不揃いで疎らな切り口が遠目に目に留まったシエナは嫌な予感がし、彼女は咄嗟にその矛先が向いていた人物、しなやかな尻尾を持つ女性に視線を向ける。

 しかしオヌ渾身の一撃を一身に受けた女性は黒衣こくいの下にまるで固い鱗でも纏っているかのように力任せに振り抜かれた刀を文字通り肉体のみで完全に受け止めていていた。


「凄い……!」


「わぁお!!」


「全く、こんなところで物騒なもの振り回さないでほしいなぁ。まだ風通しを悪くするようなら二人とも蹴り殺して退させるけど続けるかい?」


 シエナと円錐の角を持つ少女が尻尾を持つ女性に呆気に取られている一方で、うさぎ耳を持つ青年は二人を諫めようと高圧的な態度に殺意を乗せた口調で軽く忠告する。

 だがしなやかな尻尾を持つ女性はオヌの事をまるで子供扱いしているような発言をし、そのやり取りさえも楽しんでいた。


「よいよい、オヌの喧嘩癖は犬の甘噛みのようなものじゃ。おぬしもこれで満足したであろう?」


「はーっはっは! 相変わらず硬ぇなカシュの姐貴は。んで話の続きだっけか? 発散した今なら聞いてやるよ」


 二人、いや、三人の一歩間違えば殺し合いに発展しかねない緊張感あるやり取りに肝を冷やした非力な二人組は互いに顔を見合わせると、これ以上場が荒れないうちに半ば強引にシエナが率先して話を進めていく。


「ご理解感謝します。ですが…肝心の方がまだ見えていないようですね」


「おや、識爛然しきらんぜん殿ならすでにいますが?」


 うさ耳を持つ青年に識爛然しきらんぜんがすでにこの場にいることを伝えられ、シエナは初めて彼の存在に気付く。

 大柄であるにもかかわらず、全く気配を感じさせなかった識爛然しきらんぜんと呼ばれる人物は恐らく主君である伽耶かやにも引けを取らない実力者なのだろう。


「……っ、すでにいらしたんですか。それでは今後の方針をあなたから各國かっこくとりでたちに伝えてもらえますか?」


 今回の会合を提案したのはシエナだが、開催許可を出したのはこの識爛然(しきらんぜん)だ。

 しかし唖者あしゃである彼はどうやら言葉を発することができないようで、彼は予め用意していた紙を懐から取り出すと、それを各砦かくとりでたちの手元へ的確に投げ飛ばしていく。

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