第3話 剛怪出現

 和歌山県は森が多い。県の四分の三が森のため、海岸線を縫うように蒸気機関車は走る事になる。直線距離以上の長旅だ。行けども、行けども窓からは、見慣れた森と海だけが見える。


 寝ては、いけない。車内は乗客で満員だ。こんなに大勢の人の前に、昨日のスピリチュアル系の人が出てきては大恥を書く。


 思いながらも、寝入ってしまったが、ありがたい事に、その人は出現しないまま、汽車は終着駅の天王寺に着いていた。昨日、たたき起こされた分も、良く寝むれて時間を得した気分だった。


 大阪の天王寺駅に到着し、彼はキョロキョロと、周りを見回しながら、つぶやいた。


 「それにしても、大稲おおいな大学に入学か。大阪は日本一、人であふれる大都市だから、女性との出会いも可能性の塊。こりゃもうウハウハですわ。」


 余計な妄想に、ひたっている時間もなく。その時!バリンと大きな音と共に、明かり取りの窓が割れ落ちた。一匹の剛怪ごうかいが飛び込んできたのだ。

 

 姿は全くのコウモリだが、身のたけは、優に2mを超えている。体は、なぜか無数の石の塊で、おおわれている。


 剛怪ごうかいとは妖怪の進化系と思ってほしい。妖怪が職人気質の、小さいながら、しっぽまでアンコが入った鯛焼きなら、コイツは重さは同じでも、中身のないモナカの皮だ。


 妖怪は霊気の塊、つまりなんの形にでもなれる。しかし、基本的には元が生物の霊気なら、元の生物に近い形に、しばられる。一部を変形できるぐらいで、全く別種のモノになど変形できる望みはない。ならば中身を空洞化させて巨大になればいいではないか。しかし、そのままでは硬さがなくなる。

 

 外側を硬くコーティングすれば、いいではないか。実際、形あるものは必ず壊れる。石や鉄の霊気も漂っている。


 それを取り込み実体化する事で、鋭い特殊な爪や武器を持った、硬い外骨格の大型生物形態の妖怪へ、『剛怪ごうかい』に進化したのだ。


 突然の剛怪出現に、逃げまどう人々の中で、一人立ちすくむ少女がいた。


 恐怖で動けないようだ!。


 万有は、とっさに考える『助けなければ !』


 思いとは裏腹に、両足が震えて動かなかった。彼はただの一般人にすぎない。


 武道の心得はあるが、残念ながら 土地に昔から伝わる、 古式大筒術こしきおおづつじゅつ、今で言うところのバズーカ 砲である。切ったはったの白兵戦には使えない。 そもそも持ち歩けば、 「おまわりさん!この人です 」だ。


 それでも なんとか 両手の手を握り 、太ももを殴りつけ、無理やり足の震えを止めて飛び出した。


 彼は、一瞬で判断する。大きな駅には、よく駅に常駐する鉄道警察官がいる。駅を見回していた時に、その事は、すでに確認済みだった。

 

 敵を倒すために集団になった剛怪とは違い、一匹の野良剛怪は、すぐには人を殺しはしない。


 人の負の感情を喰らう剛怪にとって獲物を苦しめずに、わざわざ 一撃で仕留める意味がないからだ。


 田舎の人間にとって、剛怪出現は、都会に住む者にとっての特別税、程度の遠い出来事に思われている。人の大勢いる場所に剛怪有り。都会に親戚でもいない限りは、気にもならない。しかし、彼は本や新聞をよく読むおかげで知識があった。


 人の苦しむ感情を求めて、人が集まり囲まれて逃げ場の無い大きな餌場えさば、つまり駅構内に、飛び込んできたに違いない。


 子供を狙った攻撃は大人に対しての攻撃よりは、軽く行うほどには、剛怪とはいえ少しの知恵は有るはずだ。自分なら3回ほどなら、そこそこの怪我ですむ。


 それまで持ちこたえれば 、警察官が来て、発砲なりで時間をかせいでくれて、なんとか対応ができるだろう。背中側を剛怪に向け、かばうように少女を抱きしめた。


 剛怪が口を開け鋭い牙をむけた、その瞬間!!

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