チャプター12 メイキング≪成就≫(1/3)

 映画文化が花開いた20世紀から長い時が経ち、いっときは人工知能との共同制作が主流となったが、これ以降の時代においても、ノウハウと基本的手法自体は大きく変化していない。


 映密はえみつの主導する入念な打ち合わせに、ロケハン、演技指導とリハーサル、そして撮影さつえいはつつがなく進行した。


 序破急の半分以上に登場する主要人物の小鷹こだか 歩遊ほゆ――つまり水鈴みすずは、自身の出番が来るまで、実際の現場に立ち会わなかった。

 体調不良を理由として。

 何者も文句をつけることはなかった。


 しかし、くだん愛玩用ウイルガ型≪スキン≫への「残酷ざんこくな」仕打ちを見るにしのびない水鈴みすずの心情をも、しずりは静かに察していた。



 撮影開始からひと月が過ぎ、都市外の山間部からは強くすずやかな風が吹くようになる。


 待ちに待った水鈴みすずの出番だ。

 あいにくと、その登場のシーンは不気味に暗い私室から始まり、病人然とした小鷹 歩遊ほゆに対して、一目ひとめにオーディエンスの忌避きひ感や畏怖いふの念をあおる演出となっている。



「ねえねえ、しずりんっ! 似合ってるかな?」



 脚本の目論見に反し、セットの外側で意気揚々とはしゃぎ回る水鈴みすず

 しずりに着せ替えをさせた歩遊ほゆの衣しょうを、しずりに披露する。



「うんうん。イメージ通り。でもちょっと元気すぎるかね……」



 畏怖のかけらも見当たらない、活発な姿を前に、しずりが苦笑する。


 げ茶色をしたくせっ毛のショートヘアかつらウィッグ、花弁のごときバシバシ長い付けまつ毛、ワンピースの胸元を押し上げるパッドのふくらみ。


 水鈴みすずは、愛玩用≪スキン≫として生まれたその身に、すっかり人間の少女を宿していた。



「か、かわいいかな……?」

「かわいいって何だよ」

「もう、真面目にいてるんだってば!」



 また、水鈴みすずは薄く化粧をほどこしたチークを紅くして、軽薄さにてっしたしずりに迫る。



「前から気になってるけど、みすぅはさ、かわいいかどうか気にしてるじゃん。なんで?」

「なんでって。そんなにおかしいかな」



 しずりの問いかけに、水鈴みすずが眉をひそめて胸に手を置いた。



「おかしくはないけども。人間をかわいいって評すると、それは性表出に当たるじゃない? ぼくたちは本流を同じくする≪スキン≫だ。相対的な評価は、するべきじゃないと思う。今はいいけど……みすぅがWFMO政府に矯正されるようなことがあったら、イヤなんだよ」



 しずりは、水鈴みすずの≪スキン≫交換に際して、≪人命データ≫へ外的干渉が行われることを危惧きぐしていると話す。


 水鈴みすず自身も、以前からそうした事態となる可能性には薄々うすうす気づいていたが、しずりに指摘されるまでは目を背けてきた。



「みすぅの態度見てるとさ、不安になる。このままこわれていって、消えちゃうんじゃないかって……身勝手なこと言うけどさ。友だちとして、安心させてほしいだけなんだ」



 そのとき、水鈴みすずははたと思い出す。


 かつてしずりが死に、2代目いまの≪スキン≫となって水鈴みすずと再会した日。

 しずりは講義に遅れまいとして、長い髪を透見川うおせ家の浴室でバリカンにかけた。

 しずりの行動を見た水鈴みすずは、思いのたけを叫び、しずりの行いを止めようとしたのだ。



『もっと自分の体、大事にしてよぉ』

『しずりんが傷ついたり、また急にいなくなったりするのもこわいの!』



 回顧した自身の言葉が、水鈴みすずの心にさらなる力となってしかかる。


 2人の本懐ほんかいに大きな差異などはない。

 ただし――水鈴みすずは「しずりの≪スキン≫の死を経験した」とき、しずりは「水鈴みすず自身の衰弱すいじゃくぶりを目の当たりにした」とき――それぞれが、当人の喪失を予感する瞬間は異なっていた。


 水鈴みすずは深慮する。

 とっさに、持ち込みのカバンへ飛びつき、中から薄桃色に変色したシルクスカーフを取り出す。

 水鈴みすずはそれを自身の首に巻きつけてみせる。



「心配させて、ごめんね。水鈴みすずは……しずりんがのぞむなら何回だって生きるよ。それでも、もし水鈴みすずのことがイヤになったら、新しいスカーフをちょうだい? そしたら全部大丈夫だからっ」



 水鈴みすずとは別人の装いで、水鈴みすず水鈴みすずのように笑顔を作った。



「えっと……やっぱり最初くらいは、映画の主役みたいに死なせてほしくて。水鈴みすずもわがまま言ってると思うし。愛玩用ウイルガ、らしくないよね。ごめんね……でも、しずりんにもこの気持ち、分かると思うよ」

「……ははっ、なんだよ。カッコいいじゃん。分かったよ」



 しずりはそのように返すと、あきらめとも喜悦きえつともとれる情感にしみじみと酔いしれている。


 やがて、映文会員の1人から水鈴みすずに声がかかった。出番が来た、と。


 直後にしずりは、水鈴みすずの首元にあるスカーフを手に取ろうとする。

 しかし途中でみずから制止した。



「行ってらっしゃい」

「うんっ! あと、やっぱり『カッコいい』より、『かわいい』がいいな。水鈴みすずはそっちのほうが好きっ。分かった?」

「はいはい」



 しずりに軽くあしらわれながら、水鈴みすずは映文会員とともにカメラの前に向かう。


 スタジオに入った。その瞬間、水鈴みすずからは女装した愛玩用ウイルガ型≪スキン≫の面影おもかげがなくなり、1人の可憐な少女へと変身を遂げる。

 少女は、使用感のある干からびたベッドに腰を据えた。


 少女の姿に対して、しずりは苦しげに息をのんだ。


 水鈴みすずが、小鷹こだか 歩遊ほゆわれていたためだ。

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