第28話 武器屋ザンダトツ


 激動の1日が終わって翌日のこと、俺は朝から弛緩しかんしきっていた。とにかくどっと疲れたのである。昨日はこの世界に転生して初の精神力(MP)枯渇こかつになりかかったのだ。


 昨日の晩は刺客であろうロスナッシを急いで収容してアパートに戻った。

 それからカロリーを元に戻してもらった夕食をこれでもかという勢いで味わって食い、マーちゃんの為に戦いの神の祭壇を増設してお祈りした後は風呂にも入らずに寝てしまった。

 ちなみに夕食は25年ぶりのビーフカレーライスだったので、涙を流しながら3杯もお代わりした。


「中々上手くは行かないということなのだろうな。せめて光量の調整だけでも出来るようになるとありがたいのだが……」


 マーちゃんは日課を戦いの神への祈りに切り替えたわけだが、光量と威力の調整機能については昨晩と今朝の2回のお祈りで授けられることは無かった。

 余談ではあるが、お祈りの文言もんごんについては対象の神の部分が変わるだけで他は全部一緒だったりする。


「マーちゃん、こういうのは気長にやるしかねえ。俺なんかガキの頃に村の神官様からお祈りの作法を習ってから、何年も経ってやっとこさアイテムボックスを授かったんだぜ」


 そうやって取りあえずはマーちゃんを慰めるしかなかった。

 俺が善行を積もうとする理由も、元々は強力な能力スキルを授かりたい一心でのことなのだ。孤児院に関わり始めたのはひどく即物的な理由からだった。クズのような男だという自覚はある。

 

「そういえばケンチ、今日はドナーニオ氏の葬儀の予定なのだろう。それ以外には何か予定はあるのかな?」


 マーちゃんが今しゃべったのは大陸公用語だ。あっという間にこちらの言葉が上達したトカゲ姉さんはアルトボイスで予定を聞いてきた。


「マーちゃん、今日は葬儀の前に手早く金を作って、それからネーラーニのおっちゃんの所に行って、借金の精算をしてから葬儀に出る予定だ」


 昨日の疲れが残ってはいたものの、これも仕事だと気合いを入れ直した俺は、朝からまたもやビーフカレーライスを食べた後で商店街へと繰り出した。






「ずっと楽しみにしていたのだ。武器屋というのも技術が集約されるところだからな。ザンダトツも品揃えが多いのだろう?」


「武器屋は他にもあんだけどな。あそこには世話になったことがあんだよ。今回は金がえから10本ぐらい何か買えたら良いんじゃねえか。武器はたけえからよ。普通の品質のやつで頼むぜ」


 俺はいつもの顔覆いマスクの下から、小声でマーちゃんと話ながら商店街を進んだ。

 武器の場合は道具類と違って高いので、もっと金を稼がないと歴史資料として多くの数量を買いそろえることは難しい。


 今の手持ちは金貨2枚ぐらいある。

 実戦にえる普通の剣でも銀貨20枚からだし、槍や戦鎚メイスも使えそうなやつは同じぐらいだろう。

 これがより上質な物になると、1本で金貨が1枚以上は飛んでいくことになる。

 

 今回、武器屋ザンダトツに行く目的は、ドナーニオの旦那だんなが俺に残してくれた業物わざものの剣を売ることだった。これならロッコーニ姉弟の借金の額に届きそうだったのだ。

 マーちゃんによる材質と製法の解析が行われた後、手入れがほどこされたそれ▪▪を今日はかついで持ってきているのであった。






「先生、ご無沙汰しとります。今日はこいつを買い取ってもらいたくて来やした」


 最近、変なことに巻き込まれてばかりいたせいか、ここまですんなり来れたことに肩透かしを食ったような気分になってしまった。

 だがこれが普通なのだと気を取り直し、久方ぶりに見る人物に俺は挨拶あいさつをした。もちろん顔覆いマスクは外してだ。


「久方ぶりだな、ケンチ。近所でウロウロしていたようだが、元気そうで何よりだ。今日は買い取りなのか」


 素っ気なくも重々しい声が俺を出迎えてくれた。

 短衣に包まれた岩の様な肉体、後ろで無造作に束ねられた茶色い髪、ひげおおわれたいかめしい顔面、近所の防具店の主と似ているが、同じ山賊でもこちらは300人の一党のかしらに見える。

 この御方おかたが店主であるザンダトツ先生だ。かつては俺の剣の師匠でもあった。


「先生、この剣なんですが見てやっておくんなさい。ある御人おひとの形見の品になりやす。俺が預かりました」


 先生にはこの剣に関わる事件についてほとんどのことを話した。もちろんマーちゃんのことは抜きでだ。


 髪の毛が頭の両脇からハゲていくという、奇跡に等しい神の警告を無視している某店主とは違い、この先生の口のかたさは信用出来たからだ。


「そうだったのか。その御仁ごじんもここか別の場所で、新しい生き方を見つけることが出来ていたらな……俺もドナがいてくれなければ、同じ様になっていたかもしれん」


 俺は先生の過去について今までたずねたことはない。

 異様といってもいい程に気品のある先生の奥方おくがた様は、今でもキムルァヤの女将さんや防具店の奥さんと仲良くやっている。

 ドアーニオの旦那だんなとは違って、先生にはこんな東部の街までついてきてくれる女性ひとがいたのだ。


「ただいま戻りましたわ。あら、お客様がいらしてるのかしら?」


 俺が先生と染々しみじみしていると、店の裏手からよく通る声が聞こえてきた。奥様が帰って来たのだろう。

 先生は「少し待て」と重々しく告げて店の奥に消えた。


「お帰り、ドナ。今日はケンチが来てるんだよ。ところでそんなにたくさん買ってくるなら、僕にも一言ぐらい言ってくれれば良いのに。今日ぐらい店なんか閉めたってどうってことなかったんだよ。これでも僕は……」


「そう大した量ではありませんのよ、ザンディ。それにケンチさんをお待たせしているのでしょう? 早くお店にお戻りになってくださいな」


 店の奥からは涼やかな声と、重くひびく都会的な話し声が聞こえてきた。

 先生は奥様の前では自分のことを『僕』と呼ぶし、奥様は先生を『ザンディ』と呼ぶ。

 奥様の名は『ドツィタラーナ』いうのだが先生は『ドナ』と呼んでいた。


 俺は今でも、先生に過去のことをたずねる気はこれっぽっちも無い。


 結局、ドアーニオの旦那の剣は金貨1枚と銀貨40枚で売れた。足りない分ぐらいは俺が出してもバチはあたらないだろう。


 一方のマーちゃんは見習いが打った上に、中古になってしまった武器を20本まとめ買いした。これは全部で銀貨58枚に負けてもらった。

 うちのトカゲ姉さんは、これを記録に残した後で原材料に戻して使うらしい。



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