第39話 カイトの心中


 カイトはやっと肝心な話が出来てほっとしたのも束の間プリムローズはすぐには行けないと言った。


 こんなことをしている場合じゃないのにと内心焦る。


 だが、ここで無理強いをしてプリムローズを不安にさせるわけにもいかない。


 今度は失敗できないのだから…



 カイトはせぶりの森で育った。両親はお互い竜族で父は養蚕の仕事をしていて母は機織りの仕事をしていた。


 せぶりの森には桑の木がたくさんあって蚕を育てるには持って来いの環境が整っていた。


 竜族が先祖が何百年に渡って養蚕の仕事で生きていけるようにと代々引き継がれてきた。


 機織りの仕事は辺境伯領内の主な産業で、女はほとんどが機織りや生糸作りに携わっている。



 カイトには5歳上の兄マクロがいて、この兄が器用で体格が大きく力もあったので両親は兄をたいそう頼りにしていた。


 弟のカイトは何をやってもへたくそでいつも兄と比べられるので、自信に溢れた兄とは違いいじけた人間に育った。


 そんな時プリムローズの母親がいなくなってマグダの元に引き取られて来た。周りの子供たちはみんなプリムローズに優しかった。


 でも、プリムローズはひどく大人しい子でなかなかみんなの輪の中に入れないらしくそんな彼女がカイトは酷く気になっていつも気にかけて遊びに誘ったり話しかけたりするうちに仲良くなっていった。


 同じ年のローリーやセオやリオンもいい遊び友達だったがカイトのとってはプリムローズが初恋の人になった。


 両親には邪魔者扱いされるカイトだったがプリムローズはカイトを頼りにしてくれてそれが何よりうれしかったものだ。


 そしてプリムローズが見せるカイトへの微笑みもカイトは大好きだったのに。



 俺が15歳になったころだ。


 兄は仕事を大きくしようと借金をしたがうまく行かず取り立てに追われていた。


 それで仕取り返しのつかないことをしたんだ。ライゼウスのやっている商会の連中に騙されたと言っていた。


 借金を帳消しにしてやると言われてマグダにあいつらから預かった薬をお茶に混ぜて飲ませたらしい。


 あいつらは、”何、ちょっと腹をこわすだけだ。痛い思いをさせるにはちょうどいいだろう?”笑いながらそう言っていたと…


 なのにその薬を飲んでマグダは苦しみ始めた。そしてとうとう死んでしまった。


 長だったマグダが亡くなるとせぶりの森は一変した。


 マグダによって守られていた竜族の先祖の魂たちが怒ったのかもしれない。


 あれだけ豊かだった桑の木が枯れて蚕を育てる事が出来なくなった。それだけじゃなかった。


 竜族の仲間同士の間で仲間割れが起こりそのうち一家族また一家族と森を離れて行った。


 中には親戚一同でいなくなったりもした。


 そうやってせぶりの森にいた竜族たちはあちこちに散らばって行った。


 カイトの両親は最後まで養蚕の仕事を守ろうと奮闘した。


 

 ライゼウスはトラバウト子爵でラルフスコット辺境伯からせぶりの森と鉱山のある領地を賜っている。


 ラルフスコット辺境伯は忙しく、それに異母兄とは言え父親が跡継ぎを自分に指名した遠慮もあったのだろう。


 確かにライゼウスは王妃の妹が母で横柄で怠け者でずるい奴だったらしいがきっと周りの目の事も考えて子爵領としてせぶりの森と鉱山を譲ったのだろう。


 いやもしかしたら揉め事を起こさせてライゼウスを潰す気なのかもしれない。


 まあ、とにかくきつい仕事はほとんどが竜族にやらせているのが実情だ。


 それも借金を追わせて鉱山に連れて行くらしい。


 ライゼウスのやり方は酷く手荒く竜族を無茶苦茶にこき使っているという噂だ。


 

 マグダが亡くなると兄も借金の片に無理やり鉱山に連れて行かれた。


 だから両親は借金を何とかしようと頑張ったが結局どうにもならなかった。


 そしてある日それを悔やんでふたりとも自殺した。


 せぶりの森の奥深くで毒を飲んだらしくふたりは口から血を流して息を引き取っているのをカイトが発見した。


 カイトはショックだった。自分は何の助けにもならないと… 


 だが、よく考えてみればカイトはそんな事態から逃げていたし借金の手助けをしようともしていなかったと気づきものすごく後悔した。


 その時誓った。必ず金を工面して兄のマクロを助けようとだが現実は厳しかった。


 金を稼ごうとしてよけに借金が増え、働いても働いても借金は減るどころか増えて行きライゼウスの悪事に加担することになってもいた。


 そして負い目のある俺はプリムローズが生贄になる事を知り何とか助けようとして命を落とした。これが一度目の事だった。


 二度目はちょうどライゼウスの信用を買ったカイトが彼の息のかかったニップ商会と言うところで働き始めたところに転生した。


 驚いたのなんの。



 そんな時、ライゼウスには第2王太子のセザリオとも取引があるらしいと突き止めた。


 セザリオの母親はルジェス商会と言う大きな貿易をする商会の娘で国王の側妃になっている女性だ。だが立場は弱く母親は何かと金にものを言わせて後宮で人を従えていると聞いた。


 セザリオはそんな環境の中で育ち、何でも母親に頼ればなんとかなると言うわがままな息子に育ったとも。


 カイトはセザリオはライゼウスと手を組んで竜族を捕まえてはセザリオの母が他の祖父が経営するルジェス商会に売り飛ばす事をやっているらしい噂を聞く。


 いわゆる人身売買だ。メルクーリ国はいくつもの他国と取引があり竜族は他国に高く売れるらしかった。


 カイトはそこで連絡係のような仕事をしていた。何とか証拠でも掴んでと思うが現実はそんなに甘くはない。


 気持ちは焦るが自分一人ではどうすることも出来ずにいた。



 そんな時だったプリムローズが生贄に決まったと聞いたのは…それで彼女に会えないかと王都にあるラルフスコット辺境伯の屋敷に出入りしてプリムローズに会った。


 何とか連れ出したかったがプリムローズの周りにはいつも護衛がついていて付け入る隙がなかった。


 マグダに頼まれている事も早く話したかったがプリムローズが18歳になるまで決して口外してはいけないときつくマグダに言われていたので言えなかった。


 それさえも俺は利用しようとしているのにな。


 俺は卑怯だとカイトはつくづく思ったものだ。



 そしたら生贄がなくなってプリムローズが会いに来てくれてすごく苦しかった。


 それでも何とかプリムローズをマグダの墓に連れて行かなくてはと思うもののなかなかうまく行かず…


 もちろんプリムローズには悪いと思ってる。


 所詮俺はあいつらに逆らってどうにかすることなんか出来やしない。


 俺には言われた通りの事をして兄を助ける事くらいしか出来ることはないんだから…


 「プリムローズごめんな…」


 そう呟きながらカイトはつくづくそんな自分が嫌だった。


 


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