第1話 もう終わりと思ったら
急がなくては…あの日が来てしまう。
こんな所から一刻も早く逃げ出さなくては、でも今度はよく考えて行動を起こさなくてはならない。
プリムローズは思い出したのだ。
メルクーリ国の建国式典の日。そこでプリムローズは竜人の国ゼフェリス国に生贄として捧げられることを。
そもそも色々な苦痛の種は15歳で叔父である辺境伯ダリク・ラルフスコットに引き取られた時から始まった。
プリムローズは理由も言われないまま辺境伯家の屋敷の別邸に閉じ込められた。
理由は貴族の娘として表には出されないからと。
確かにプリムローズは今まで平民として暮らして来た。母ローラは5歳の時に行方知れずになりそれから母の祖母マグダに引き取られた。
その祖母も亡くなって行くところのなくなったプリムローズは父親の兄である叔父のダリク・ラルフスコット辺境伯の所に身を寄せる事になった。
父親のクロノスは王都セトリアで騎士をしていたがつい最近亡くなったらしいと聞いた。
母は平民でたった一夜の相手だったこともありプリムローズを身ごもったと知っても結婚などできるはずもなかった。少しばかりの金を渡されて後は知らん顔をされたのだ。
いきなり辺境伯の所に身を寄せたとはいえプリムローズは肩身が狭かった。
世話をするメイドにさえ「父親には見捨てられた子供だ。母親が平民だとか、貴族としての教育を受けてこなかった子供だ」と好きかってなことを囁かれた。
(でも、そんな事は私のせいじゃないのに…)
そして前世では生贄にされる前にその事を知り逃げ出したのだが、辻馬車に乗って逃げたまでは良かったが騎士隊に追いかけられてプリムローズは捕まると思って馬車から飛び降りて命を失ったのだった。
なのに何故かまたこの世界に転生し戻って来てしまったのだ。
おまけにその前の前世も思い出してた。
前回プリムローズは逃げ出した時祖母と暮らしていたラルフスコット辺境伯領の近くにあるせぶりの森に帰るつもりだった。
せぶりの森は母が亡くなった後祖母と一緒に暮らした場所だったから、その祖母が亡くなって叔父の所に引き取られたのだ。
もしあの時逃げおおせたとしてもすぐに自分は捕まっていたと思った。
(何て浅はかだったんだろう。)
だから今回はせぶりの森に向かわずそのまま王都セトリアの街で平民として生きていくつもりだ。
ずっと街や森で暮らしてきた。平民の暮らしの方が性にあっている。
仕事さえ見つければ誰もプリムローズの事など心配する人間はいないのだから見つかる心配もないだろう。
ただし吉田あかねとして生きていた頃のような社畜のように働くのはごめんだ。
今度の人生はスローライフでのんびりまったりと生きて行きたい。そのためにも仕事選びは一番肝心なのだ。
プリムローズは屋敷に出入りしていた仕立て屋の下働きが幼なじみのカイトだと気づいて彼に頼んで逃げるための支度を頼んだ。
仕立て屋で働くカイトは平民の娘が着る質素なワンピースや靴を神殿の近くに隠しておいてくれることになっていた。
だが、なぜか今回は警備が厳しくおまけにプリムローズは手首を拘束されていて逃げだすチャンスはなかった。
叔父夫婦もここには一緒に来ていて厳しく目を光らせている。
(ああ…もう、どうしよう。このままだとゼフェリス国に生贄として連れて行かれてしまう)
大神殿の門をくぐると真っ直ぐに参道を歩かされる。左右前後を神官たちに取り囲まれてゆっくり進んで行く。
建物の前には真っ白い大理石の石段がありそれを登ると目の前に大きな祭壇があった。
プリムローズはその祭壇の前に連れて行かれる。
そばにいた神官に肩をぐっと押し込まれて跪くとやっと拘束を解かれたが、もう逃げ出すことは出来ない。
(もう終わりだわ。どうしたらいいの…)
プリムローズはがっくりと肩を落とした。
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