レイリックside

こんな女性初めてだった。


僕に近付いて来る女性は地位やお金が目当てだ。僕は一目見れば相手の言葉の真偽が分かる。今までに間違えたことは一度たりともない。そして、リリカ嬢に初めて出会ったあの日、すこぶる機嫌が悪かった。リリカ嬢に会う前に開かれていた婚約者候補とのお茶会に父である国王陛下に強制参加させられ、皆が僕に色目を使って来た。僕の印象に残ろうと必死なのだろう。全員、胸元の開いた下品なドレスを着て、香水の匂いもきつかった。いかに互いを蹴落とそうかという魂胆が透けて見えた。だからお茶会になど参加したくはなかった。女性嫌いという噂も嘘ではない。あのような女性を誰が好きになるのだろうか。王子という立場でなければ婚約など絶対にしない。あんな女性と婚約させられるなど憂鬱でしかない、そう考えていた。そして、そんなお茶会からようやく解放されたと思い、執務室に戻るや否やロベルトから公爵令嬢が来ていると連絡を受けた。もう疲れきっていたし、会うつもりは全くなかったのだが、貴族家最上位の家門のご令嬢を無視する気か、しかも例の公爵令嬢だぞ、と言われ仕方なく会うことにした。会わなかったことが公爵にバレたら何を言われるか分かったものではない。会わない方が面倒なことになるなとも思った。公爵の妹に対する溺愛っぷりは有名だからだ。迂闊にも以前公爵にリリカ嬢のことを尋ねたことがあった。小鳥のように可愛いだとか、まるで天使のようだとか、ひたすら何時間も語り続けられた。公爵は語ることに夢中で気が付いていなかっただろうが、部屋に仕事を届けに出入りしていた侍従たちには引かれていた。僕とロベルトもいつ終わるのかとげんなりしていた。もう二度と公爵の前でリリカ嬢の話しをするのはやめようと心に決めた。


あの公爵が溺愛する妹が実際どんな女性なのだろうかと気にはなっていた。本来なら婚約者候補筆頭のはずなのだが、公爵が手を回しているのか婚約者候補を集めて開かれるお茶会でも全く見かけたことがなかった。前公爵のときに一度挨拶を交わしただけだったので、あまり覚えていなかった。なるほど、確かに美しい女性ではあるな。だが結局は他の女性と同じだろうと思っていた。契約結婚の話しをされたとき、またかと思った。以前、契約結婚を持ちかけられたこともあったからだ。そのときは王太子妃という立場にしか興味がないということと令嬢の野心を感じ取ったので断った。だが、リリカ嬢は違った。彼女の言葉には全く嘘がなかった。彼女となら上手くやれそうだと思った。会うように言ってくれたロベルトには感謝している。


婚約するとなると公爵の同意が必要だった。許可を得るのは大変だろうと思っていた。離れて暮らさないといけないのが嫌で婚約を断られる可能性もあると考えていた。だから、事前に手を回した。国王陛下にお願いして、先に婚約許可書にサインをもらい、いざとなったら王命で婚約出来るように手筈を整えた。まあ、公爵は王太子妃教育のために王宮で暮らさないといけないこと自体忘れていたようだったので敢えて口にはしなかったが。別にすぐに王城で暮らす必要はなかった。いずれ誰かと婚約しないといけない立場ではあったので、都合の良い彼女を逃す気はなかった。だから、すぐにでも住めるよう準備をさせておいた。彼女も同じ気持ちだったらしく、一言で公爵を丸め込んでくれた。あのときの公爵の呆然とした表情は可笑しかったな。まあ、さすがに少しは可哀想なことをしたとも思わなくはないけど。


リリカ嬢は契約通り、僕に不必要に近付いたりは全くしなかった。同じ王宮にいるのにも関わらず、こちらから会いに行かなければ全く会えない。不思議なほどに。


公爵令嬢としての振る舞いは見事だった。それを見ていた分、温室で目を輝かせている姿を見て可愛いと思った。自分にそんな感情があったのかと驚いた。しかし、僕が忘れられていたことに関しては非常に不本意だったが。


リリカ嬢はただ契約を果たすために僕に近寄らないわけではない。本心から僕に対する興味など皆無なのだ。あるのは植物に対する興味のみ。実に面白い。もう少し観察を続けてみようか。そう思っていた矢先の魔物の襲撃だ。念のためと魔法を込めたネックレスを自身のペンダントと連動させて渡していたが、安全な王宮にいるはずなのになぜかペンダントが光を放ち、僕は慌てて向かった。リリカ嬢に大きな魔物が攻撃しようとしているのを見たとき、心臓が止まるかと思った。間一髪のところで救出できた。僕にしては珍しく抱き抱えて、そのまま運んだ。気が抜けたのか僕の腕の中で眠ってしまった。予想以上に華奢だった。そんなリリカ嬢を守りたいと思った。この感情が何なのか自分でもよく分からない。リリカ嬢に会ってから新しい感情が次々と芽生えてくる。


リリカ嬢になら、もっと関わってもいいのかもな。

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