7.

「銀の魔女を処刑する」


 そう言い放った男の言葉に、女は抵抗と言う抵抗を見せず、立てられた太い杭に縛られたままに俯き加減に瞳を瞑った。


「3年前に、この地を襲った悪しき銀の魔女を捕まえた。このまま捨て置くことはできない。ーー女自身もそう証言した。全ては、銀の魔女が企てた惨事であったとーー」


「殺せ!」


「魔女を殺せ!」


「火を点けろ!」


 薄闇の中で、篝火の炎が揺れる。


 広場に集まった民衆の中央で、男は杭に縛り付けられた女を見上げた。


 その碧い瞳が、男の黒いまなこをただ黙って見下ろしている。


「ーー何か言うことはあるか」


「……………………ございません」


「………………点けろ」


 踵を返す男と入れ替わりに、縛られた女の足元に据え置かれた藁や木々に松明が添えられた。


 パチパチと木々が爆ぜる音と共に、大量の煙が巻き上がる。


 煙の向こうで、碧い瞳が男を見つめていた。その瞳が、穏やかに微笑んだように見えて、男はピクリと身体を震わす。


 ゲホゲホと咳を繰り返す女が、足元から昇る熱にその身を捩るのがわかった。


「………………っ……あ……っ!!」


「…………っ………………くそっ!!!!」


 群衆の声や雑音がひどく多いはずなのに、男の耳には女の押し殺した悲鳴だけが間近にいるように飛び込んでくる。


 血が滲むほどに握りしめた手を更に握りしめて、男は飛び火による火事に備えた水に駆け寄ると、荒く掴み取って踵を返した。


 そんな男の行動に驚き固まっている民衆の中で、男と並走するように人山から飛び出て走るローブを目深に被った人影。


 その奥から光る血のように紅い瞳を、まるでスローモーションのように見ながら、男は女の足を焼く焔へとその水をぶちまける。


 ジュッと音を立ててその勢いが衰えた所を見逃さず、ローブの人影が素早い動きでその身体を縛り付ける縄を切り刻んだ。


 ふらりと地面に倒れかける女を受け止めた男に、一瞬躊躇した様子を見せたローブの人影は踵を返して走り去る。


「おい……っ!」


「ーーま、……っ、待って……っ!」


 今し方自身に火を放つ命を下した男がその身体を受け止めていることにも気が回らぬ様子で、女は必死の形相で身を起こす。


「待って!! 待って!! 行かないで!! 待って!! ソレイユーーっっ!!!」


 大粒の涙を溢して、焼けた足で動けない身体を引きずり叫ぶ女に、言葉を失う男。


「は、伯爵様……?」


 使用人の1人にかけられた声にハッとした男は、何かを決意したかのように唇を引き結ぶと、脇に繋がれていた馬に駆け寄って飛び乗った。


「リアン!!!」


 ハッとしたように男を振り返る涙に濡れた碧い瞳が、男の差し出した腕を捉える。


 そのまま腕へと掴み飛んだリアンの腰を、男が抱え込んだ。


 ローブの人影を馬に乗って追いかけて走り去る2人を、民衆は呆然と見送る他なかったーー。






「あの男が好きなの?」


 背後から聞こえた声に、リアンはビクリと身体を震わせた。


 ほったて小屋と言うに等しい、洞窟の穴の前に作られた雨風が防げる程度の住処。


 そこに住むリアンの片割れーー双子の弟であるソレイユは、リアンと同様の銀髪に似通った顔立ちで、明らかに動揺を見せる姉をその血のように紅い瞳で静かに観察した。


「え、や、え、あの……っ!?」


「いや、動揺し過ぎでしょ」


 まともに言葉を紡ぐことができないリアンへと冷静に突っ込みを入れて、ソレイユははぁとため息を吐いた。


「……別に怒ってなんてないよ。リアンだって年頃の女の子なんだから」


「ちょ、変な言い方しないでくれる!?」


 冷めたように言うソレイユに、リアンは真っ赤になってどこを訂正したいのかわからぬことを言う。


 そんな様子をその紅い瞳で伺い見て、ソレイユはどこかでそっと理解した。


 あぁ、好きなんだな、と。


「み、見てたんなら言ってよ! 覗き見なんてよくないわよ!」


「いや、リアンだけには言われたくないけど」


「うっ」


 散々と青年の動向を探っていただけに思い当たる節が多すぎて、言葉に詰まるリアンを見てソレイユは困ったように笑う。


 そんなソレイユの様子に、リアンはそっとその手を取った。


「ーー大丈夫よ、ソレイユ。心配しないで。私はあなたの側にいる。騒ぎになりたくなくて、反感を買わないようにしているだけだから。あ、ほら、色々……食べ物もくれたし……」


「………………そう」


 恩返しの域は、当の昔に過ぎている。それをわかって、下手をすれば身を滅ぼす危険を孕むことも承知の上で、それでもリアンが離れ難いのだと、ソレイユにはわかっていた。


「ーー心配させてごめんね。だけど、本当に、今度、お礼を言って最後にするつもりだから……っ」


「ーー最後にする必要なんてないよ」


「……え?」


 ソレイユと似た顔立ちの碧い瞳が、真意を掴みかねて不安そうに紅い瞳を見上げる。


 感情の見えない微笑みを浮かべて、ソレイユはリアンの頭をひと撫でして踵を返したーー。






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