Ex-7 彩藤剛の過去

 マサと出会ったのは俺が高校一年の時、その時あいつは中学一年だった。


 ウチの父親は 俺と母親を置いてどこかに逃げ、母親も男と遊んでばかりで俺に興味を示さなかった。それどころか邪魔者扱いだ。


 あの時も毎晩 男を連れ込んでは遅くまで盛り、その音と声を聞かされる俺は居心地の悪い日々。

 俺は夜中に家を抜け出しては補導され、身元引受け人として呼び出された母親が家に着くなり俺を殴る。叩くんじゃない、モノで殴るんだ。

 もちろん血だって出るし怪我もする。


 酷い時はアイツが連れ込んだ男も俺を殴ったりするんだ、おかげで殆ど家にはいられなかった。

 家では嫌なことばかりで落ち着ける場所がなく、すっかり荒れてしまった俺はあちこちで喧嘩をして気が付けば名が知られていた。悪名と言った方がいいが。


 マサと出会ったのはそんな時だ。

 夏前のぬるい風が頬を撫で、ジメジメとしていて気分も悪くなる…そんな季節に俺たちは顔を合わせた。

 お互い荒れに荒れていたこともあり、目が合った俺たちはどちらともなく殴りかかった。

 目が合えば即喧嘩とかやんちゃだったよ。


 ひとしきり殴りあってもうじき決着かという時、警察に見つかって補導され近くの交番に連行された。といっても結果はどう考えても引き分けだったろうが。


 しばらくしてマサが身元引受け人として呼んだアイツのお母さんがやってきた。

 彼女が迎えに来たことでアイツは立ち上がるが、立ち上がってこちらを見たまま動かない。

 しばらくしてアイツは俺に話しかけてきた。


 "もし良かったらウチに来ないか''


 そんな事を言われて俺は頷いた。

 おばさんは困っていたけどそれでも俺を家に上げてくれ、食事まで出してくれた。


 "ありあわせだから口に合うかしら''


 "母さんの料理なら大丈夫だろ、な?ツヨシ''


 "……おいしい…です…''


 今までロクに手料理なんて食べたことがない俺は、感極まって涙を流しながら腹いっぱい食べた。

 そんな俺を見て笑う二人だったが、それでも俺の手は止まらなかった。



 マサはどうにもならなかった俺に手を差し伸べてくれたし、おばさんは優しくしてくれた。

 そんな二人の優しさに触れて、自分を見つめ直してバイトを始めた。

 家に帰りたくない時は友人の家に泊まらせてもらったり、バイト代でネカフェに泊まったり、さらには野宿したりと、なんとか家に帰らない日々を過ごした。

 だから、金が貯まって一人暮らしを初めてからはとにかく最高だった。


 おばさんとはあの日からクソ親父との事件があるまで会っていなかったが、マサとは関係を続けている。

 アイツは前におばさんの電話番号を書かれたメモを無くしたらしい。うろ覚えでなんとか番号を思い出していたものの、その番号には繋がらなかった様で酷く落ち込んでいた。


 マサとつるんでいたとある日に、友人からアイツが揉めていることを聞いた。

 場所を聞いてすぐに駆けつけるとアイツは傷だらけになりながらもなんとか勝ったようで相手は地に伏していた。

 俺と目が合うとヤツは無邪気に笑ってサムズアップしたことで吹き出してしまった。


 その時の相手が酒匂さかわだ、あいつはあいつで家が厳しく、その影響で荒れてしまったらしい。俺たちのように。

 それからは俺たちとよくツルむようになった。

 といってもアイツはマサについてばっかだったけどな。

 もちろん酒匂は俺にも因縁をつけてきた。


 "俺のマサくんに馴れ馴れしくすんな''


 俺の方が先に仲良くなったのでその言い分は訳が分からないのでもちろんしばいた。

 それからは俺に対しても同じようになった。


 酒匂は元々人懐っこい性格だったのか誰かと遊ぶのが好きらしい。それが一時とはいえ無くなってしまうほどに荒れてしまったことを考えるとアイツも不憫である。


 色々とあったが俺も酒匂も過去の因縁を振り払い自分にできることをしている。

 大学生の俺はまだバイトだが、酒匂は高卒で自分の家業を継ぐつもりらしい。

 アイツはアイツで親としっかり向き合うことができたみたいだ。

 マサもおばさんと一緒にいて楽しそうにしているし、今では改めて彼女ができて同棲までしてより一層明るくなった。



 そして、俺も前に進む時が来たようだ。


「剛…」


「お袋…」


 唐突に俺の前に現れたのは、散々俺を酷い目に合わせたクソ母だ。

 その姿はやつれており正常な状態でないのは明らかだ。


「今までごめんね剛。あたし、酷いことばっかりしてたよね…」


 訝しがる俺を他所にクソ母は一人で話を続ける。

 それはもはや独白に近い。


「今更なんだって思うかも知れないけど…うちに帰ってこない?」


「…は?」


 どこまでもバカなヤツ、俺が戻ると本気で思っているのだろうか?

 しおらしくしたって無駄だ。


「私たち家族よね?家族なんだから助け合うことだってするでしょ?だから…」


 吐き気を催すほどに腹立たしくなり、俺はその言葉を遮る。


「うっせぇよ。俺は楽しくやってんだ、今更アンタと同居なんて嫌だね、じゃあな」


 一刻も早く離れたくて踵を返す。

 アイツは呆然としているがそれでも止まるつもりはない。


 マサはお母さんともう一度家族になった、酒匂は親と向き合った。

 俺は二度と関わらないつもりでクソ母を拒絶した、その対比はまるで俺が親不孝者であると思わせる。

 それでも良かった、俺にとってはあのクソ母はただ辛いだけの存在でしかない。

 なんのわだかまりを解消するでも、まっとちゃんと謝罪するでもなく軽く懺悔するだけだ。


 それに助け合うだのなんだの言っていることを見るに何か企んでいるのだろう。

 本当に謝るつもりならそんな言葉は出てこないはずだ、つまり…そういう事だろう。


 俺は俺だ、少なくとも今は家族に戻りたくは無い。それが俺の出した結論だ。


 こっちは楽しくやってんだ、今更邪魔すんなバーカ!


 俺はそう念じてバイト先に駆け出した

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