第8話 予防的措置
入学式の日に始めて出会った後、
学園都市ヴェローナを散策中のアッシュ王子とリリア皇女の一行は、
とても楽しい時間を過ごしていた。
実は、アッシュには一人姉がフロストヴァルドにいる。
「エリザ・ノースフォード」王女である。
アッシュの姉にして、回復魔法の才に恵まれ、若くして神官長に就いている。
アッシュは姉に魔法を習っていたため、
女性と一緒にいることはとくに違和感はなかった。
またアッシュは、愛想がよいほうであったので、
初めて会うよく見知らぬ女性にも違和感なく対応していた。
それに対して兄のレイヴァルドは、愛想がほぼなく、
会話もほぼ成立することが少ないのであった。
散策の間中は、ほぼリリアが絶えることなく、
「アッシュ様、あの塔はグロテスクですね。時計の針みたいに。」
「アッシュ様、あのカリンのスイーツ、一緒に召し上がりませんか?」
「アッシュ様、そこで一緒に座って頂けませんか?しばらくのんびりしたいんですの。」
といろいろ突っ込まれたり、連れまわされたり、指示されたりするのには、
アッシュには慣れっこではあったのである。
隣の国の皇女ではなく、「エリザ姉さんといる」と思えば、あまり変わりがなかったのではある。
ただアッシュは
「リリアは、きれいなだけじゃなくて、一緒にいると楽しいな。」
と思いながら、
リリアらとの散策を楽しんでいた。
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お昼ご飯のあと、皇女殿下は、
「夜の舞踏会には出席されますか?もしよろしければご一緒にどうかと思いまして。」
と楽しそうに舞踏会に誘ってきたので、
「はい、喜んで伺います。舞踏会、楽しみですね。」
と笑顔で返事をした。
舞踏会は、きっと「ルーナと食事をしているだけの会」よりは
随分と楽しくなるように思われた。
どうせ、ルーナはどうせ舞踏会でも、
「軍事のネタ」や「情報収集の話」しかしないかもしれないと危惧した。
ルーナは、精霊使いのくせに、度が過ぎた軍事マニアなのだった。
リリア皇女は、
「舞踏会の準備がありますから一時帰宅しますわ。」
と伝えてきたで、その場は別れた。
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「ねぇルーナ、舞踏会用の洋服とかって、持ってきてあったっけ?」
「簡易な礼装でよいかと思います。正式礼装は、仮面舞踏会ですからやめておきましょう。仮面の方は、王子には必要ないようにも思いますが、私が魔法で準備いたします。」
「やっぱり僕は、目立つのかな。」
とアッシュは背丈のことはすこし気にしていた。
「王子、特に今の年代は身長差が大きくでる年ごろなのです。
長い目で見てお気になさらないように。」
とルーナは続けた。
アッシュのような晩成タイプの男性は、その分成長も長く続き、
相対的に寿命が長くなること、むしろ成長が早い方たちは、
その寿命の短さを悔やむことになると伝えたのだ。
ルーナは王子を励ましつつ、
認識阻害効果をもつ、舞踏会用の仮面を生成した。
アッシュの背が低いことが補正されればいいのであるが、きっと無理があるだろう。
同じ背丈同志では、この魔法も認識阻害も持ちうるが、
これだけ身長差があれば、認識阻害も何も効果はきっと持ち合わせない。
魔法の範囲というようより、ヒトの認識の問題かと思われた。
「何事もなければよいのですけれど」
と、正直、敵国の南の皇女殿下が何を企んでいるのかわからず、
ルーナは大変に困惑するのだった。
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その夜、アッシュはルーナの講義を思い出していた。
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ルーナの戦術講義
「古より伝わるアイゼンガルド帝国は、数々の戦いを経験し、
その中で洗練された戦術理論を生み出しました。
特に有名なのが、『電撃戦』と『塹壕戦』という二つの概念です」
アッシュは、メモを取りながら、ルーナの言葉に耳を傾けていた。
「これらの戦術は、かの有名な戦術家、
シュタインフェルドが体系化したものです。
彼は、技術革新と戦術の進化の関係に着目し、
時代と共に戦術がどのように変化していくかを鋭く分析しました」
ルーナは、黒板に簡単な図を描きながら説明を続けた。
「まず、『電撃戦』ですが…これは、敵の不意を突いて、
一気に戦線を突破する、スピード重視の戦術です。
強力な魔法や、突出した戦闘能力を持つ兵士による電撃的な攻撃で、
敵陣に混乱と恐怖を巻き起こし、一気に勝負を決めるのです」
アッシュは、目を輝かせながら、ルーナの言葉に聞き入った。
「魔法であれば例えば、空から隕石を落とす『メテオストライク』などが挙げられます。メテオなどは一般の兵などは、ひとたまりもないでしょう。ほぼ全滅です。」
アッシュは、ルーナの言葉に、息を呑んだ。
「…しかし、アッシュ様、安心してください。私たちには、魔法の防御手段もあります!」
ルーナは、力強く宣言した。彼女の表情には、揺るぎない自信がみなぎっていた。
「例えば、地の精霊魔法は、確かに地味で、目立たない魔法かもしれません。
しかし、その応用力は他の属性魔法とは比べ物になりません!敵の攻撃を防ぎ、味方の安全を守り、戦況を支える…まさに、『縁の下の力持ち』なのです!」
ルーナは、熱弁をふるった。地の精霊魔法術式はルーナの専門領域だった。
「例えば、敵の攻撃を防ぐ基礎魔法『プロテクション』や、敵の侵入を防ぐ『オブストラクション』、地面を隆起させる「アースウォール」、または陥没させて敵の進軍を阻む『ランドコラプス』など…」
ルーナは、黒板に、それぞれの魔法の効果を図解し、続けた。
アッシュは、真剣に頷いた。
「どんなに強力な攻撃魔法や、屈強な戦士の攻撃でも、地の精霊魔法の防御を突破するのは容易ではありません!私は、この地味魔法が、戦争の勝敗を左右する力だと信じています!派手な攻撃魔法も重要ですが、地形を操作する地味魔法も大事なのです!」
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アッシュは、講義を思い出しながら、静かに寝た。
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