第3話 皇女は自由に決断する

ここは、学園都市ヴェローナの最高級ホテルスィートの一角、

全身が黒、白目も、黒目も「黒」の獣人の女性が、

黒ドレスの美女の髪を整えながら、鏡越しに話しかける。


「リリア様、もうすぐで遅刻ですよ。式典はいかないんですか?」


「式典なんて行ってもどうせちぃっとも面白くないから、

式典の道中の人々を見るのが楽しくてはなくて、ノワール?」


「そんなに外国に来たから羽が伸ばせると思ってまた好き勝手するつもりでしょ。

こっちの身にもなってくださいね。こっちでは誰もカバーできませんからね。」


「はいはい、あまりあなたにフォローさせないように、セーブするから大丈夫よ。」


とリリア・サザンウィンドは答えた。


リリア・サザンウィンドはサンフォーレ皇国の第一皇女であり、

サンフォーレの第一後継者であった。


ただ、残念なことに彼女にはその後継者としての自覚も、

皇位継承の希望も『一切ない』ということだった。


黒づくめの女性はノワール、

リリアの使い魔の「猫」である。


ノワールはリリアが小さいころに使い魔となり、

リリアの魔力によりヒトと同じ形と寿命を得た正真正銘の「猫」である。


リリアは生まれた時から黒魔術の才に恵まれていたが、

皇国内ではほぼ、その才能を隠すようになっていた。


リリアの魔法に気が付いたものや、覚えていたものは、

片っ端からリリアに記憶か存在を消されてしまった。


その為、サンフォーレ国内で、リリアが黒魔法使いであることを知るものは、

皇宮に住む数人と、今では付き人のノワール以外はいなかったのである。


この学園に来るまでにリリアは、父である皇帝に、

なんども学園での生活を口実に国外に出る許可を求めてきたのだった。


本来入学する前の年にはリリアはしっかりと許可を願い出たのである。


「お父様、私も来年は14になりますから、学院に入学してもよろしいかしら?」

「駄目だ。」


入学する年にも、リリアは控えめな表現で国外に行くことを願い出てはみていた。


「お父様、私は15になりましたから、

すこし国外へ旅行に行ってもよろしいかしら?」

「駄目だ。」


翌年にも一応リリアは声はかけたのである。

「お父様、私は今年16になりますから、ベローナ魔法学院に入学いたしますね。」


父は結局、留学にも、国外にでることも大反対であった。


そもそも父は、いっときより美術品にしか興味がなくなってしまい、

ほぼコミュニケーションをとっていない状況であった。


父はかわらない。

変わらない人間を相手にすることは、

時間と人生の無駄である。


結果2年も待たされたので、

皇女は父を無視して国を出てきたのである。


何しろ、2年越しの待ちに待った留学である。

一時も楽しく過ごさねば損なのである。


リリアは密かに皇宮の魔法を全て極めてしまっていたので特に学園で学ぶことはないのだが、楽しいことと学ぶことがないことは別なのである。


ドレスの襟元を緩めながら、リリアは続ける。


「まぁ、私は黒が好きだから、黒の格好でいいかしらね。アクセントは何にしましょう。」


「リリア様、黒はお似合いですが、いつも黒ばかりでは黒魔法使いってばれませんかね。」


「いやねぇノワール、私の魔法が他の方に感知されるわけがないじゃないですの。

でも、赤のアクセントも足すことにしますわ。」


「私が黒だから、二人とも黒い格好だからなんだろうって思われますよ。」


「いいのよノワール、ここはサンフォーレではなくてよ。恰好くらい好きな格好をしましょう。それにあなたもここでは肩身の狭いを思いをしなくてもいいでしょう?」


「私はヒト種族ではないから別に気にもしないのですけれど。

でも、確かにサンフォーレよりは居心地はいいかもしれませんね。」


と二人は会話しながらホテルを出発した。


サンフォーレは南の豊かな大地と東、西の国の交易の中心地であり、大変発展していた。富が富を生む好循環の恩恵を得ていたのだ。

伝統的に芸術を尊ぶ国であり、皇帝も国民も芸術をたいへん好んでいる。

皇女であるリリアも『黒魔術』という芸術を好んでいたつもりなのである。


そして何より国を支えるのが「奴隷」の存在である。

一定の富を持たぬもの、犯罪を犯したもの、戦争で負けたもの,皇族に逆らったもの、それら全て「奴隷」として労働させることで国が成り立っているのである。


特に、他国のもの、他種族への差別はすさまじく、

見た目が一目で異なる、獣人、亜人や肌の色が異なる者(黒、緑)たちは、とくに差別されていた。


ノワールは猫の使い魔、現在は変身しているとはいえ、猫の獣人、

そしてクロネコなので、肌は漆黒の黒であった。

皇宮では奇異の目で見られていたのであった。


日傘をさしながら、歩いていた二人だったが、

リリアの探知魔法がヒトの接近を知らせる。


「リリア様、殺してはダメですよ!!」とノワールが念話で会話をする。


「わかっているわよ。失礼ね、ヒトを殺人狂みたいに言わないでよ。」


「殺人狂の方が、まだ”まし”かもしれませんけどね。」


とノワールが念話を発動直後、


角から飛び出してきたのは、

きれいな身なりをした、

とてもかわいい男の子だった。


「なんてかわいらしいの!」


と思い、リリアは結界を発動をすることも忘れ、

茫然と立ちつくした。


この時、サンフォーレの皇女、

リリア・サザンウィンドは15歳であった。

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