第8話 夜明け前に

ルレイアがぼくの弟子になることが決まった。

色々と思うところはある。


けれども。

ひとまず師匠と先生を信じよう。


「──それで、お二人とも、いつ王都を出るんで?」


「夜が明けたら発つよ」


「は?」


「できれば王城まで送ってくれたら助かるが……うん?そういえば、この馬車はどこへ向かってるんだったか?」


「行先が王城なら早く言ってください」


「まぁ、馬車だけ貸してくれてもいいぞ」


「本当にギリギリだったわね」


からからと笑う師匠と先生。

二人を黙殺して馬車をとめろと怒鳴った。


「──それで、この子はどうするんですか?」


「どうするもなにも……お前の弟子としてお前の下で暮らすんだろう」


「それは、構わないですけど、お二人が夜明けと共に発って、引っ越しとかどうすればいいんです?荷物はありますよね?着替えとか──」


片手を差し出す師匠。

家──工房かどこかの鍵だろうか。


ぼくも手をだす。


パラパラと落とされたのは大金貨だった。

地方の平民なら数年単位で暮らしていける額はありそうだ。


「学費と生活費だ。好きに使って構わんよ」


もう何も言うまい。

ぼくはここで降りることにする。


もうすぐ別邸である。夜ではあるものの護衛なしでも問題ない距離だ。


馬車を降りて、手を出す。


「ほら、お前も降りろ」


キョトンとしたルレイアは師匠と先生を交互に見てから頭を下げた。


「聞いていたな。護衛はいらん。いますぐ王城まで二人をお送りしろ」


御者兼護衛に声をかける。


「この件が片付いたら連絡を頂けますか。オウルまでですが」


「いいだろう。あ、お前の過保護な兄上はもう知っていると思うが、他の兄には釘をさすように伝えてくれ」


「それは──」


「リリーズ家の人間は身内にだけは甘いからな。アリア嬢が無事なら他のすべては引き換えでもいいと考える弟や部下がいるだろう。そうなると私らとしてはやりにくいからな」


「……わかりました」


ぼくは苦い顔で答えた。


「そんな顔をするな。せいぜいうまくやるさ」


「お願いします」


ぼくが頭を下げると馬車は走り出した。

馬車は大通りから小道に入る。

ぐるりと回り再び大通りへ出てくるだろう。


「行くか」とぼくたちは歩き出した。


「貴重品とか何も持ってこなくて良かったのか?」


「貴重品なんかありません、少しお金は持ってますが」


「ふむ」とぼくはうなずいた。


「ソナタだ。ソナタ・リリーズという。国家錬金術師の資格を持っている。十五になった」


歩きながらなんとなく自己紹介を始めた。


「ルレイアです。家名は名乗れません。十歳になりました。それから──」


──素養なしです、と消え入りそうな声で言う。


「おぉ、奇遇だな。ぼくも素養なしなんだ」


ぼくは笑い。

ルレイアは笑わなかった。



家に着くと数人の使用人が出てくる。

一人をつかまえてルレイアの世話を頼む。


「そこのお前、今日からぼくの弟子となるルレイアという。何か食べるものと風呂に入れてやれ。部屋の用意も忘れるな」


バタバタと動き出す使用人たち。

だが、使用人の中でも古く、元は兄上の専属メイドで今は別邸のメイド長のシーラが怖い顔をしている。


「馬車の音が聞こえませんでしたが。それに護衛はどうしたのです?」


「あ、そうだ。何か着るものと肌着なんかも用意してやってくれ」


「坊ちゃん、私の声が聞こえないのでしょうか。護衛なし、徒歩で、見ず知らずのこどもを連れてきたのですか。説明を」


「緊急事態、だ。兄上に了承を得るまでは話せんレベルと考えてもらっていい。一刻を争うレベルだ」


やや怪訝な顔。疑いの目を向けられるが、日和ったらダメなのだ。


「朝一で兄上に使いをだせ。夕方か夜に時間をとって欲しい、とな」


「かしこまりました」と渋々答えるシーラに更に伝える。


「昼のうちにルレイアに必要なものを買いに行く。誰かつけてくれ」


シーラと使用たちがルレイアを連れていく。

その背にぼくは声をかけた。


「引っ越しはできるだけ早くする。最短で馬車の手配を頼む」


ピタリ、と足をとめたシーラは、振り返ると早足で歩いて来て怖い顔で言うのだった。


「坊ちゃん、要件はまとめておっしゃってください」



それから、ぼくはラボにいた。

ジッとしていられなかった。


当初は素材や道具を整理して持っていくものと処分するもので分けようと思っていたが、弟子ができたのでそのまま譲るか、いっそ教材にしてしまおうと思った。


本当にいらないものと持っていくものを分けては少しずつ梱包して整理する。

師匠のとこの工房にある道具は持って行ったらまずいか。


師匠なら、笑いながら構わんぞと言いそうなものである。


ふむ。

やはり、一人立ちをするにあたって、全部、新調しよう。


幸いにして金はあるのだ。


深夜を過ぎたころ、ぼくは魔法でつくった合金をいじっていた。

いや、勉強中に掃除を始めるやつ、といったらいいのか。


中途半端な量の魔法銀が目に入った。

それなりに希少なものではあるのだが、本当に量が少なかった。

捨てるのが微妙に勿体ないが、用途はない感じといったらいいか。


その他にも机の上に散らかっていた金属を全部混ぜて合金にする。


ただの気まである。普通なら素材をダメにする行為であるが、なぜか奇跡的に綺麗に混ざりあってしまった。


しかも、そこそこ、いい金属かもしれない。


形を整えてから刻印を刻む。

魔導回路は引かず、代わりに文字による刻印付与をする。

今回使用するのは精霊文字だ。


精霊が使う文字ではなく、かつて精霊を信仰していた者たちが使っていた文字である。古代文字に近い。


「……できたな」


夜明け近くに完成したそれを満足そうに小さな箱にしまうと寝ることにした。

師匠と先生はそろそろ発っただろうか。


ぼくにはわからなかったが、あの二人な大丈夫だと思えてきた。

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