第28話



「私のエドワードが戻って来た……!!」


 絵とゆっくりと対面を果たしたガラードが感極まったように声を上げた。

 絵を見ながらうるうるとしているガラードに向かって、アレクが「本当によかった」と言った。


「この絵は……本当にあたたかくて素晴らしい絵ですわ。ですが……ガラードがなぜあれほどまでにこの絵を見つけることに必死になっていたのか、深く納得しました」


 ソフィアは絵を見ながらなるほどという様子で言った。

 絵を取り返した俺たちは、事件についての事情聴取を受けた。俺は事情聴取だけでへとへとだったが、ガラードとアレクはさらに新聞記者の質問にも答えていた。

 そして俺たちは絵を盗んだ賊から『誰から情報を得たのか』聞き出し、その足でアレクの家に向かった。


「急ぎ、ジェームスとグレイスを呼べ!!」


 屋敷に戻るとアレクはグレイスとジェームスを呼び出した。


「お呼びですか?」

「参りました」


 グレイスとジェームスが応接室に姿を現した。応接室には国の近衛兵も控えていた。ジェームスとはどうやらこの家の従者のようだった。

 二人が顔を見せると、アレクがグレイスに向かって言った。


「グレイス……エドワード殿を描いた絵は無事に見つかった」

「本当ですか!? よかった!! ゲイル様から望まれたものでしたので、本当に見つかってよかった」


 グレイスは心底ほっとしたというように言った。

 そしてグレイスの隣ではジェームスが青い顔をしていた。

 

「ジェームス。賊から話を聞いた。お前が賊に襲わせたそうだな? 『いい絵があると……』」

「え? ジェームスが!? なぜ、そんなことを?」


 グレイスが驚いたようにジェームスを見た。

 ジェームスは顔を歪めながら言った。


「お前だって、元は執事見習いで俺と同じだったクセにいつの間にか、画家になり特別扱いになったかと思えば……忙しいからと言って執事になり……俺はずっと執事になりたくて従者で努力しているのに!! どうしてお前は画家なんてやりながら執事服なんて着てるんだよ!!」


 ジェームスの悲痛な叫びが応接室に響いた。


 なるほど……こいつはグレイスが画家として優遇されているのもかかわらず、自分よりも上の執事という仕事をしていることが気に食わなかったのか……


 俺はグレイスの執事としての仕事ぶりを思い出したが、かなり優秀だったように思うが、嫉妬の感情を抱いてしまうと中々客観的には見れないのかもしれない。

 俺がそんなことを考えているとアレクが口を開いた。


「ジェームス。お前のそういうところが問題なのだ」

「え?」


 ジェームスが顔を上げてアレクを見つめた。


「執事長が、お前は人によって態度を変える、いつまでも同じ間違いを改善しないと嘆いていた」

「そんなことは……」

「ないと言えるか? トミーとマーサはお前が理不尽にきつくあったせいで辞めたと聞いた。お前は一度でもグレイスが誰かに理不尽に接している姿を見たことがあるか?」


 ジェームスは再びグレイスを見た。

 そして全く動かなくなった。


「お前をこのまま国の近衛兵に引き渡す。牢で反省しろ」


 その後、アレクの合図で近衛兵にジェームスは連れられて行った。

 こうして、クライス伯爵家を苦しめていた一連の絵画窃盗事件は幕を下ろしたのだった。


 ◇


 その後俺は、遅くなったからとゲイル侯爵家に泊まることになった。

 どうやらガラードは一度ゲイル侯爵家に戻って来た時にはすでに俺がゲイル侯爵家に泊まることを兄に伝えてくれていたらしい。

 そして俺は今、ガラード家に泊まるためにゲイル侯爵家の馬車に乗っていた。


「無事に解決してよかったですわ!! これまで描いた絵もグレイス様の作品と発表するようにと動いて下さるみたいですし、我が国に偉大な画家が守られましたわね」


 ソフィアが上機嫌に言った。


「ええ、そうですね。本当によかった……」


 ソフィアの言葉に相づちを打ち、俺ははっとした。

 確かにグレイスの絵が戻って来て、グレイスの絵がきちんと本人の物だと評価されるのは嬉しい。


 だが……。


 ソフィアとアレクの仲があまり進展していない気がする。

 俺が縁談を断るためにも二人の仲が進展してくれることを願っていたのだが……。

 俺がそんなことを考えているとガラードが口を開いた。


「あの絵が知らぬ誰かに元に行かなくてよかった。まぁ、多くの者の目に留まるのは不満だが……」


 今回の事件でこれまでグレイスが描いた絵は全て詳しく調べられることになった。

 当然、今回の発端となった絵はしばらく国で保管され、その後ガラードの元に戻ってくるそうだ。

 絵を隣国に持ち込み、違う者の絵として発表したのだ。隣国まで絡んだ大きな事件に、新聞なども取材まで来た。


「それは仕方ありませんよ。でも取り戻せてよかったですよね」


 俺が笑うと、隣に座っているガラードが俺の腰を抱き寄せて額にキスをした。


「ああ、そうだな」


 ガラードの体温が気持ちいい。

 しかも俺は今日の朝からお茶会で説明するために緊張していた。

 気が付くと俺は眠ってしまっていたのだった。





「あら? エドワード様、お休みになったようですわ……無理もありませんわね……朝からきっと大変だったのでしょうし……」


 ソフィアが眠っているエドワードを見ながら穏やかな声で言った。


「眠ってしまったのか……確かに疲れただろうからな」


 ガラードもエドワードの顔を覗き込みながら言った。


「ですが……まさか、隣国の人気の画家がアレク様の家のお抱え画家だったとは……驚きましたわ」


 ソフィアの言葉にガラードがニヤリと悪い顔をしながら言った。


「ですが、好都合です。これで私はエドワードを確実に手に入れることが出来ます」


 ソフィアが首を傾けながら尋ねた。


「どういう意味ですか? ガラード」


 ガラードは眠るエドワードの額にキスをした後に言った。


「明日になればわかりますよ?」

「え? 明日?」


 その後、馬車が侯爵家に到着すると、ガラードは当然のようにエドワードを自室のベッドに運んだのだった。


 



 

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