第61話
「ハイデル、お前の事をこのまま王宮から追放してしまったら、何が起こると思う?」
「な、何と言われましても…」
まずはじめに、シュラフ国王はハイデルに対してそう質問を発した。
ハイデルはその質問の意図を頭の中で必死に考えてみたものの、なかなかこれという答えが出せなかった。
「お前をこのまま追放したら、今の王宮の事を快く思わない連中にその事実を利用されてしまう可能性がある。…言っている意味が分かるか?」
それはつまり、メリアが皇女となった後の地盤の話であった。
第二王子が自分勝手な振る舞いを行い、王宮から追放されてしまったとあっては、もしかしたら今の王宮の存在を快く思っていない何者かによりそこを突かれ、王宮を打倒するべきだという過激な思想が生み出されてしまうかもしれない。
あるいは、追放されたハイデルの権力を取り戻すなどと息巻いた勢力が現れ、内戦にならないとも限らない。
「ハイデル、お前が座っていた椅子はお前が想っている以上に重いものなのだ。お前がいなくなったからすべて解決、などという簡単なものではない」
「そ、それは心得ているつもりです…」
「ゆえに、このまま安直にお前の事を追放することはできない。私の事を嫌う者たちに反逆のエサを与えてしまうことになりかねないからだ」
「そうですか……」
自分が予想していたよりもはるかに合理的な理由を提示され、ハイデルはやや意外そうな表情を浮かべてみせる。
「…僕は正直、国王様が僕に対して情けをかけてくださったものだとばかり思っていました。親子の情けにのっとり、僕の事を救おうとしてくださったのかと…」
「馬鹿いえ。私はお前を追放することには賛成だった。お前はあまりにも度が過ぎた振る舞いを繰り返し、王宮を混乱の中に巻き込んでしまったからだ」
「そ、それは……」
「しかし、そんな私の考えに反対を示してきた者がいた。…ほかでもない、お前の元婚約者であるメリアだとも」
「なっ!?!?!?」
てっきりその存在は兄のエルクだとばかり思っていたハイデルにとって、国王から告げられたその名前は非常に驚きのものであった。
「ま、まさかメリアがそこまで……」
「なかなか面白いじゃないか。エルクから話は聞いていたんだが、まさかそこまで度胸のある女だったとはな」
「ど、度胸ですか…?」
「あぁ、度胸だとも。普通ありえないだろ?国王であるこの私に直接意見をしてくるなど。しかし、メリアは顔色一つ変えずに自分の考えを私に言い放った。このままお前を追放したら、長期的な目で見た時に王宮にとってはマイナスであると。兄が弟の事を一方的に追放など、何も知らない者から見れば兄弟間が不仲だと言う噂を立てられたりするかもしれない。そうなったらそれこそ、王宮を巻き込んだ内戦がおこってしまうかもしれない。だから彼女は私に、お前を王宮に残すように言ってきたわけだ」
「……」
「皇女となった途端にそこまで行動ができるとは、彼女自身が優れた政治的能力を持っているのか、それとも彼女の周りに優れたブレインがいるのか…。いずれにしても、大したものだとは思わないか?」
「……」
全く予想外のメリアの行動の前に、ハイデルは完全に頭が追い付いていなかった。
…自分がこれまで完全に下に見てきたメリアの存在。
それが今や、立場も振る舞いも完全に逆転されてしまっているのだから。
「アリッサを追放することで、お前に対するけじめはついたとみなされることだろう。それを気にして、お前はせいぜい周りの足を引っ張らない様に王宮でやり直すといい。それがメリアの書き上げた新たなストーリーだ」
「……」
「…しかし、本当にもったいないことをしたなぁ、お前」
「……?」
国王はしみじみとした口調でそう言葉を発すると、そのままハイデルの事を諭すような雰囲気でこう言葉を続けた。
「あのような女、この国の中をひっくり返してもそうはいないことだろう。せっかくそのような相手と婚約を結べるに至ったというのに、その関係を一方的に破棄してしまうなどと…」
「……」
それは、ハイデルがこれまで何度も周囲の者たちから言われ続けてきた言葉だった。
最初こそその言葉を強い意志ではねのけていたハイデルであったものの、今に至ってはそれが事実であることを受け入れつつあり、その心の中にはある種後悔の念が抱かれ始めていた。
「まかともかく、私から言うことはこれですべてだ。後はお前の好きにすればいい。出ていきたいなら私は止めないし、メリアの話に乗りたいならそうするといい。だが、次こそは後悔のない選択をするよう心するんだな」
「はい、わかりました……」
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