第55話
「アリッサ、なにか勘違いしているようだが、君はもうすでに第二王子の妃ではないのだよ?」
「…え?」
非常に落ち着いた様子でそう言葉を発するエルクに対し、アリッサはややぽかんとしたような表情を浮かべて見せる。
「な、何をおっしゃっておられるのですか?私は正真正銘、ハイデル第二王子様の婚約者、すなわち第二王子妃でしょう?も、もうすでに妃ではないって一体どういう意味でしょうか…?」
「言葉の通りだとも。ハイデルはすでに第二王子ではなくなった。であるなら当然、その婚約相手である君もまたその立場を失うこととなる。誰にでもわかる簡単な話だと思うが、俺はなにか難しいことを言っているか?」
「ちょ、ちょっと待ってくださいエルク様!!」
エルクは至極まっとうな事を言っているものの、アリッサはその言葉が受け入れられないのか、エルクに対して必死の反論を試みる。
「ハイデル様がその座を退かれることになんの異議もありませんけれど、私は関係ないではありませんか!すべては彼が勝手にやったことなわけですから、そこに私を巻き込まないでください!私はハイデル様の失態を挽回するべくこの場にいるのですから、同じ扱いをされては困ります!同じ扱いをするというのなら、今この場でハイデル様に対する罰を取り消してください!」
「おいおい、ハイデルは第二王子にふさわしくないと言ったのは君の方だろう?俺はそんな君の思いを尊重してハイデルを第二王子の座から降ろすことに決めたんだ。それに文句を言われるとは心外だが?」
「そ、それは…!」
「そもそも、本当にハイデルが一人ですべてやった事なのかも俺には疑問に思われるな。メリアが婚約破棄されたことからすべては始まっているわけだが、そこに君は本当に関係していないのか?」
「し、していません!!」
それは、アリッサにとって一世一代の大勝負だった。
彼女がメリアの婚約破棄を裏で手引きしていたことは誰の目にも明らかな事であるが、それはこの場にいるもので言えばハイデルしか真実を知らない事である。
ゆえにハイデルさえ彼女に味方をして黙っていたなら、アリッサの言う事は全て真実という事になるのだ。
「ほう。彼女はこう言っているが、ハイデル、お前はどうなんだ?」
「……」
「メリアの婚約破棄に、アリッサは本当に関わっていないのか?」
「そ、それは……」
ハイデルが何か言葉を口にしようとしたその時、彼はそのままアリッサの方に視線を向ける。
もはや誰の目にも破局としか見えない二人の関係ではあるが、ハイデルは自身の瞳の中に移るアリッサの姿に今だ過去の幻影を見ているのか、それともまだ愛することを諦められないからか、静かな口調でエルクに向けてこう言葉を返した。
「…エルクお兄様、アリッサは関係ありません。すべてこの僕が決めて実行したことなのです。ですから、彼女は彼女が言っている通り、無関係です…」
「ほう」
その口調は非常に弱弱しく、本心では違う事が言いたいであろうことは明らかだった。
しかし、ハイデルは今だ過去に見た愛らしいアリッサの姿が忘れられないのか、この場において彼女の事をかばっているともとれる発言を口にしたのだった。
「それじゃあハイデル、アリッサはメリアとの婚約に関して何も言っていないんだな?婚約破棄を勧めるような事を言ってもいないし、それを望むようなことも言っていないんだな?すべてはお前が一人で決めたことなんだな?」
「そ、そうです…。アリッサは実は、メリアの事を非常に気に入っていたのです…。しかしそんな彼女の思いを無下にし、僕はメリアを追放することを独断で決めてしまったのです。ですから悪いのは全て、全て僕なのです…」
「なるほど、よくわかった。ではハイデル、最後に確認をさせてもらおう。この期に及んでこの俺に嘘などついていないだろうな?それは本当に事実なのだな?」
「は、はい…。すべて真実です…」
「アリッサ、君はどうだ?」
「エルク様の前で嘘をつくなど、絶対にありえません。私も本当の事しか口にしておりません」
「そうか。お前たちの言いたいことはよくわかった」
エルクはどこか妙にうれしそうな、それでいて楽しそうな口調でそう言葉を告げると、それ以上二人に対する追及はなにもしなかった。
しかし二人にしてみればかえってその態度の方が不気味に感じられ、エルクが裏でなにか違う事を考えているのではないかと思わずにはいられなかった。
するとその時、そんな二人の嫌な予感を的中させるかの如く、エルクはある人物に向けてわざとらしく大きな声でこう言葉を発した。
「二人はこう言っているが、答えはどうだった?」
その声が向けられた先には、つい先ほどどこかへと向かっていったはずのクリフォードとフューゲルの姿があった。
そしてそんな二人の間には、自身の目をぎらつかせるタイラントの姿があった…。
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