第52話
「エルク様、あなたはどこまで本気でその言葉を口にされたのですか?」
「ハイデルが婚約破棄を行った後、メリアとの関係は俺たちが最初に築いていたんだ。それを第一王子の権力振りかざして横取りしようだなんて、人の上に立つ王のやることとしちゃなかなか乱暴なんじゃないのか?」
クリフォードとフューゲルの二人はエルクを相手にしても臆することなく、それぞれの思いをそのままストレートに口にした。
ハイデルに対してもそうであったように、やはり二人はメリアの事となると怖いもの知らずとなるのだろう。
「どこまで本気かだって?そんなものお前たちには関係ないことだろう。メリアは特別な者と以外婚約することが出来ないというルールをハイデルが作った、ならメリアと結ばれることができるのは俺しかいないというだけの話じゃないか」
「それがおかしいと言っているんです。メリア本人はエルク様に対して何の返事をしていないではありませんか」
「そうだメリア、思っていることがあるなら言ってやれ。たとえ相手が第一王子であろうと気にする事はない、こんな横暴はとても受け入れられないってな」
「え、え??」
突然に二人からふられる形となったメリア。
いきなり意見を求められるなど予想もしていなかったからか、彼女はその脳内をやや慌てふためかせながら、どう答えたらいいものかと考え始める。
「(ど、どうしよう…。気持ちはもちろんうれしいのだけれど…。でも私は、ハイデル様の婚約者として王宮に入った時、この身を永久に公に仕えることを誓ったわけで…。その婚約自体はもう破棄されてしまったけれど、それでも今の私を必要としてくれる人の所に行くのが私の使命…。じ、自分で決めろって言われても難しい…)」
ここまでのメリアは、決まって誰かに誘拐され続けてきた。
最初が第二王宮、次いで騎士の城、その後フューゲルの学院別荘に行き、さらにはタイラントのもとにまで…。
普通では絶対に経験することのないであろうそれらの経験をしてしまったメリアにしてみれば、正直もうどうとでもなれと思ってしまうのも無理のない話であり…。
「(私、もう誘拐令嬢になっちゃってるし…。自分が何を言ってもたぶんまた誘拐されるし…。いったいどうするのが正解なんだろう…?)」
「ほら見ろ、メリアも困ってるじゃないか。エルク、いきなり表れて理不尽な事を言うのはやめるんだな」
「そうか?俺には別に理不尽な事を言っているつもりなどないのだが」
それぞれがメリアを中心にして思いを曲げず、激しい口調で言葉を交わしている一方、他にも激しく口論を行う者たちの存在があった。
「…ハイデル様、これは一体どういうことですか?」
「アリッサ…」
「私はあなたと結ばれて、誰からもうらやまれる存在になるのではなかったのですか…?貴族令嬢たちを相手にいい顔ができるのではなかったのですか…?」
「アリッサ、君は一体何を言って…」
「だというのに現実は正反対…。私がモテモテになるどころか、追い出したメリアの方がモテ始めているではありませんか…。これじゃあまるで、ハイデル様のもとにメリアを閉じ込めておくことで保たれていた平穏が、婚約破棄によって崩壊してしまったも等しいではありませんか…」
アリッサの口調は非常に静かではあるものの、そこに秘めた熱は非常に熱く感じられる。
相手の事を刺すような鋭い目つきと合わせながら、心の中に沸き上がる思いをそのままぶつけていく…。
「クリフォード様、フューゲル様に、エルク様までも…。このようなことになってしまったのは、もうハイデル様の未来を見る目がなかったと思わざるを得ません…。私はあなたの事を信じたというのに、あなたは私の事を裏切って…」
「い、いい加減にしろアリッサ!そもそもメリアの事が気に入らないと言ったのは君じゃないか!!だから追放してくれと言う君の思いを汲んだというのに、今度はすべての罪を僕に着せるつもりか!」
「だってそうじゃないですか!!あーあ。これじゃ本当にメリアの言った通りになるかもしれませんね。自分を婚約破棄したら王宮は大変なことになるって言っていたでしょう?あの時ハイデル様はその言葉を鼻で笑いましたけど、正直完全に向こうの言っていたことの方が正しかったのではありませんか?」
「…アリッサ、君の考えはよくわかった…。君までこの僕に逆らうというのなら、それこそ考えが…。今すぐに謝るというのなら許してやらないでもないが、それができないというのならこの婚約は…」
「あら、お忘れになっては困りますよ?ハイデル様は私と婚約するとき、絶対に婚約の破棄は行わないという誓書を交わしていただいたではありませんか。忘れたとは言わせませんよ?」
「っ!?!?」
痴話喧嘩なのか本心からの喧嘩なのか、どちらともとれるような口調でそう口論を重ねる二人。
そんな中でアリッサが持ち出した切り札は、今のハイデルにとってはあまり都合のいいものではなかったのであった…。
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