第47話

「つ、強がりを言っても無駄ですよフューゲル様…。いくらあなたと言えど、ここまで開いてしまった差を残り短い時間で埋めることなどできるはずがないではありませんか…。あなたはもう、僕に負けることが確定しているのですから…」

「さて、それはどうでしょうか?」

「!?」


軽々とした口調でフューゲルはタイラントにそう言葉を告げると、そのまま自分の持ち場に戻り、それまで全く手つかずだった課題に取り掛かっていく。


「(もう無理に決まっているというのに、あきらめの悪い…。まぁメリアが連れ出されてしまったことは計算外だったが、ここまで時間を稼いでくれたのなら十分だろう。あとは僕がこいつにとどめを刺して、全てに決着をつければ良いだけの事…)」


タイラントは心の中でそう言葉をつぶやいたのち、フューゲルに続いて自分の席に戻り、最後の詰めに取り掛かり始める。

この場に集まった人たちはそんな二人の様子をかたずをのんで見守っていたものの、やはりどちらかと言えばこの勝負はもうタイラントで決着であろうと見る者が大半だった。


「ここからフューゲル様が本気を出したとしても、さすがに厳しいだろう…。だってもうかなり差を空けられてしまっているぞ?」

「それに、そもそもタイラントだって素人と言うわけじゃない。仕事はできないほうらしいが、それでも王宮で長くやってきただけの経験はあるわけだ。一方のフューゲルは天才だともてはやされてはいるが、所詮は一介の学生に過ぎない。もとから実力差のある勝負だったのではないか?」

「俺は最初からこうなると思っていたぞ?なんなら身の程知らずのフューゲルの負ける姿を最初から期待していたくらいだ」


いくらなんでも無謀であろうという意見が観衆の多数を占め、それはタイラント自身も理解しているところだった。

そしてそんな考えの中には、ハイデルの考えも含まれていた。


「(もうあきらめてここで切り上げるかと思ったが…。フューゲル君はやる気なのか…?しかしいくら彼でもここから巻き返すのはさすがに…)」


フューゲルの能力を高く評価しているハイデルでさえも、ここからフューゲルが逆転することは難しいであろうと分析していた。

ただ、周囲からのそのような批評をフューゲルは一瞬のうちに覆していく…。


「ちょ、ちょっとまてよ…。さ、さっき取り掛かったばっかりだよな…?も、もう半分くらい終わってないか…?」

「!?!?!?!?!?」


観衆の一人がつぶやいたその言葉を聞き、タイラントはその体を大きく震え上がらせる。

彼とて油断から手を抜いているわけではなく、早く決着をつけてしまうために全力で課題を再開させていた。

そんな二人の間にあった距離が、一瞬のうちに半分以上縮まっていたのだ。


「ほ、ほんとだ…!分量で見た限り、もう半分くらい追い付いてるじゃねえか…!」

「タイラントが遊んでる……わけじゃないよな、あいつだって本気だよな…」

「し、信じられん……一体どんな脳みそしているんだ……」


驚きの表情を見せるのか観衆のみではない。

この状況を作り出した張本人である、メリアやクリフォードまでもがそんな彼の姿に度肝を抜かれていた。


「フューゲル、噂にたがわぬ勝負強さをもってるじゃねぇか…」

「わ、私もびっくりです…。まさかここまでだなんて…!」


…フューゲル自身は何の言葉も発していないというのに、どんどんとこの場における空気を飲み込んでいく。

その雰囲気はもちろんタイラントの元にも届いていき、彼は心の中で叫び声にも似た口調でこう言葉を発していた。


「(ありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえないありえない…………。この状況から負けるなど、あれだけ卑怯な手を使って負けるなど、そrこそまっとうに戦って瞬殺されるよりも恥ずかしいことだぞ、そんなことになったら僕はもう二度と王宮に足を踏み入れることを許されないぞ、なんならメリアのように追放を命じられてしまうかもしれないぞ、ありえないぞありえないぞ、ありえないぞ……)」


それまで以上にペースを上げ、最後の課題を詰めにかかるタイラント。

その心の中にはもはや一切の余裕はなく、状況的には有利であるはずの彼がこの場においてはむしろ完全に追い詰められている様子だった。


「(絶対に負けてはならない…!今日の日のために僕がどれだけ準備をしてきたと思っている…!僕はここで勝ってこそメリア誘拐の正義が立つというのに、負けてしまったら何の意味もなくなってしまうじゃないか…!そんなのは絶対に嫌だ…嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!)」


タイラントは瞬きするのも忘れたかのように、目を見開いたまま課題を進めている。

そこには彼がこれまでの人生で見せたことのないであろう程の根性と意地が垣間見えるものの、それらは間もなくすべてが無に帰することとなるのだった…。


「はい、終わりました、ハイデル様」

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