第35話

「それで……この女どうするの?」

「言われた通りにすればいいさ。とりあえずこのままタイラント様に指示された倉庫まで連れて行く」

「やれやれ……王族令嬢や資産家の令嬢ならともかく、第二王子に捨てられた元婚約者を連れ去ったりなんかしていったい何の得になるって言うんだろうねぇ…」


二人の男は馬車の前部分、すなわち馬に対して縄で指示を送る部分に腰を下ろし、馬の足音にかき消されない程度に大きな声でそう言葉を発していた。

周囲は完全に闇の中に包まれており、他に人の影など一切ない。

ただ、この場には合計で3人の人間が存在していた。


「名前、メリアっていうんだって?わざわざ誘拐を命じるだなんて、タイラント様も一体何を考えているんだか…」

「まぁいいじゃないか。俺たちがこれをやることでタイラント様はこれまで通り王宮で仕事をすることができるって話だ。俺たちの報酬もそこから渡されるんだろうし、なにも文句を言う事はないだろう」

「そうかねぇ…。俺はこんなんじゃなくって、もっとマシな裏方稼業をやりないねぇ…」


そう、この場にいるもう一人の人間は他でもない、メリアであった。

彼女はフューゲル不在の屋敷の中にいたところをこの二人に襲撃され、そのまま馬車に乗せられて連れ去られてしまっている最中だったのだ。

しかし二人はメリアに対して乱暴をしないように厳命されていたため、メリアの体は最低限の拘束こそされているものの、それ以外に特に体にケガをしている様子などはなかった。

そのため二人の会話は荷台に積まれたメリアの耳にも届いており、彼女はその心の中でこう言葉をつぶやいた。


「(私、また誘拐されちゃってるよ…。もうそういう運命なのかな…。最初が騎士の城に誘拐されて、その後がフューゲル様の別荘に誘拐されて、それで今度はタイラント様の所?一体いつまで繰り返されるんだろうか…。そういうのを引き寄せる何かを持っちゃってるのかな…)」


一般的に誘拐と言えば非常に恐ろしいものであるものの、さすがに3度目ともなるとメリア自身もどこか慣れてしまっているような様子を浮かべており、特に抵抗したり逃げ出したりしようという意思は沸き上がっては来なかった。


「(タイラント様が私を連れ去った理由はよくわからないけれど…。フューゲル様との対決の事が何か関係しているのかな…?でも私を連れて行ったからって勝負の結果が変わるとも思えないし、よくわからないや…)」


そしてメリアは相変わらず自分に向けられる感情には鈍く、タイラントが自分を連れて行くことで何を狙っているのか、フューゲルはその狙いの前に何を思うのかなど、一切何も察せないでいたのだった…。


――――


「ついたぞ。取り合えずしばらくの間はここで寝泊まりしてもらう。いいな?」

「わ、分かりました…」

「うむ。素直でよろしい」


メリアはそのまま町のはずれにある倉庫のような場所に連れ込まれ、ひとまずそこで拘束を解かれた。

その空間は人一人が生活するにはやや狭いスペースの場所ではあったものの、そういう事をあまり気にしないメリアにとっては特になんの問題もないような場所であると言えた。


「まぁ短い間の辛抱だ。お前も例の対決の事は聞いてるんだろ?それが終ったらすぐにお家に返してやるよ」

「(お家って…。今の私のお家ってどこなんだろ?騎士の城に返されるんだろうか?それともフューゲル様のお屋敷?それとももしかして、王宮に戻されたり…?)」

「にしても、フューゲルのやつも調子に乗りすぎたみたいだな…。あんな若くして頭角を現すものだから、そりゃ眼も付けられるって話だ。まぁこの敗北をきにして、少しは身の振舞い方を自重するんだな」

「敗北??フューゲル様が対決に負けるとはあまり考えられないのですけど…」

「…は?」

「い、いえだって…。能力的に考えたら、フューゲル様がタイラント様に負けてしまうとはあまり考えられないかなって…」

「…お前、本気で言ってるの?自分が何でここに居るのか分からないの?」

「え、えっと…」

「…ま、まぁいいや。とにかくここで大人しくしていろ。余計な事さえしなかったら無事にここから出してやれるんだからな」

「は、はい……」


メリアはどこか不思議そうな表情を浮かべながら、かけられた言葉に同意した。

男はそんなメリアに背を向け、その場から退散していく中で、心の中でこう呆れ声を発した。


「(やれやれ…。今時あんな鈍い女がいようとは…。お前がここに連れてこられた理由は、フューゲルに脅しをかけてその力を発揮させないためだってなぜ分からないんだ…?いやまぁ、あれが全部演技だって可能性もなくはないが…。いやしかし、そんなことをするメリットがどこにもないから、やっぱりあれが本心なんだろうな…。いやいや、天才が惚れる女は分からん……)」


男は横目にメリアの事を見つめながら、やれやれといった様子を浮かべながらその場から姿を消していくのであった。

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