第33話

「ハイデル様?聞きましたよ?フューゲル様とタイラントを競争させるのですって?」

「あぁ、良いアイディアだとは思わないかいアリッサ?」


自分の元を訪れたアリッサに対し、得意げな雰囲気でそう言葉を返すハイデル。

二人の雰囲気はあの日をピークにして非常に険悪な状況が続いていたものの、さすがのアリッサもハイデルとの関係を悪化させることは自分にとって何の得にもならないという事に気づいたのか、時間とともに彼に対する態度を軟化させていった。


「今まで聞いたこともないやり方ですけれど、いったい何を考えておられるのですか?」

「フューゲル君の事をこの王宮に呼び入れたいというのは君も同じ思いだろう?だから僕が先に手を打つことにしたんだ。これなら彼の能力を周囲に知らしめる形で、無理なく王宮入りを勧めることができる。今だ彼の実力に難儀を示すものは少なくないが、その実力を思い知ったなら間違いなくその考えを改めることだろう」


まだまだ一介の学生であるフューゲルを見る大人たちの目は、やはり前向きなものばかりではなかった。

中には彼への嫉妬からか、それとも彼の事を脅威に感じているからか、その存在を面白く思わない人々もまた少数ではあるものの存在していた。

ハイデルの狙いは、そんな人々に向けて牽制を行う事にもあったのだろう。


「フューゲル様が王宮に来てくだされば、私たちにとってこの上ない味方となってくれることは間違いないですものね。ひとまず今の混乱した状況は落ち着かせてくれることでしょう」

「そうだとも。そしてそれと同時に、大して仕事をしていないタイラントの事をここから追い出すことができる。まさに一石二鳥と言うやつだな」


ここ最近の立て続けの事件のために、王宮に対する貴族たちの目は非常に怪しいものとなっていた。

元はと言えばハイデルがメリアとの婚約を破棄したことから始まっているのであるものの、まさかその一件がここまで大きな混乱を巻き起こすことになろうとは、ハイデル自身も全く想像だにしていなかった。


「メリアから始まった王宮への不信…。そしてそれから来ている私たちへの信頼低下…。これで少しはましになると良いのだけれど」

「アリッサ、君も僕に協力してくれよ?今回の混乱を巻き起こしている原因の一端は君にもあるんだからな?」

「はいはい、どうせ全部私が悪いってハイデル様はおっしゃりたいのでしょう?」

「そ、そう言う事が言いたいわけじゃ…。ただ、君だってクリフォードやフューゲルに妙なアプローチをかけていたらしいじゃないか」

「あら、彼らのように人気も実力も兼ね備えている方々が私たちの味方になってくれたなら、この上なく心強い存在になるでしょう?私はそう思って彼らに話をしに行っただけですよ?本心ではなによりもハイデル様のことを思ってやったことなのですよ?…それをもしかして…もしかしてハイデル様ったら、私がお二人の事を異性として気に入っているとでも思われたのですか?」


アリッサはあえてなのか、それとも何の意図もなくなのか、まるでハイデルの事を挑発するかのような口調で言葉を返す。

ハイデルの裏で身勝手ともいえる行動を繰り返す彼女であるものの、彼女は彼女でハイデルにはいろいろと思うところがある様子…。


「そ、そうは言っていないけれど…。す、少なくとも周りに誤解を与えるような言動は控えてくれと…」

「はいはい、分かりました。どうせ全部私が悪いのですから」

「(…メリアを追い出したら僕に素直に付き従ってくれると言ったのは君だったじゃないか…。それなのに、一体どうしてこんな性格になってしまって…)」


ハイデルはその心の中で現状のアリッサの姿を憂い、やや悲痛な言葉を心の中につぶやく。

当初彼女の事を王宮に迎え入れた時、それはそれはハイデルに対して毎日甘い口調で言葉を連ね、第二王子たる彼の心を大いに癒していたというのに、今やその雰囲気は完全に鳴りを潜めてしまい、ハイデルはメリアを取り巻く状況だけでなくアリッサのその雰囲気に対しても動揺を隠せないでいた。

しかし、あの時の魅力的なアリッサの味を知ってしまっているハイデルにとって今のアリッサを切り捨てる選択肢などもはや不可能であり、そのために王宮の雰囲気は日に日に状況は悪くなっていく一方であった。

そしてさらに言えば、現実には今の彼女の性格こそが本来の彼女であるのだが、彼女に対しての幻想を抱き続けるハイデルがその事に気づくまでには、もう少しだけ時間がかかりそうであった…。

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