第弐拾話 骨休め

 セルゲイ宅の浴室にて、全身の泥と共にここまでの疲れを洗い流す。

 地下水を一度地熱で熱し、程よい温度まで冷めたものを家庭内で利用しているようで、半ば温泉のような心地よさを味わえる。

 今頃外では、武器を作るための作戦会議をしているのだろう。

 少し意外だったのはセルゲイがカレンに魔法知識の助力を求め、カレンも満更でもなさそうに手を貸していたことだ。

 嫌っていた相手とのわだかまりをこんな早く解消できるというのは、一種の才能だとも思う。

 まぁ歴史から作られた苦手意識のようだし、カレン自身がドワーフ族から直接嫌がらせを受けていた訳ではない分、食わず嫌い的な面が強かったのだろうが。

 ――そう考えると、K国の日本嫌いも早々に解消出来るようにも思うが……まぁ今更思考する事では無いか。

 お湯を浴び、身も心も解れていくと余計なことまで考えてしまう。

 

 余計序に、ここまでの振り返りをしようか。


 親に捨てられ、養護施設で育ち、世界が何一つ面白味のない灰色に染まっていたあの頃。

 拾われてきた小動物の命をこの手で手折ったその時、久々に高揚し、世界が少し色付いたような気がした。

 それと共に周りの人間との差異に気付き、人間としての普通の歩みを諦めた。

 そしてあの日、あの境内で白蛇コイツを食って、この世界に飛ばされた。


「そォ言や、あン時からか」


 空も、草木も、太陽も……赤黒い色以外に彩られて見えたのは。

 果たしてそれがこの世界に来たからなのか、白蛇を食ったことに起因するのか、将又心身ともに人間を辞めた事が切欠なのか、今となっては判別できないが。

 あの瞬間から、血の通わない肉体となってから、この心の臓は脈動を再開したのだろう。

 それからは兎を狩り、ラインハルトに負け、研究所でリリアーヌを助け、エルフに招かれ、世界の命運を託され、再びラインハルトに負け、リリアーヌを助けるためドワーフの元へ来て……。


 ここまで一週間足らずの間に、色々なことがありすぎた。

 それもこれも、リリアーヌとの出会いが全ての始まりだった。


 何故、少女を助けた?


 エルフの元で夜を迎えた時にも行った自問自答。

 過去の自分と重なって見えた、と結論付けていたが、本当にそうだろうか?

 小さな命を自らの手で奪い、愉悦に浸っていた俺が。

 それだけの理由で助ける選択を取るのか。


 何故、少女を助けた?


 世界の色彩を得る為に雑木林で狩りを行い、売られた喧嘩を買い続けていた。

 そう考えれば、こちらの世界は最初から色鮮やかに映っている訳で、無為な殺生をする必要が無くなった……?

 しかし、だとしても助けはせずに己のみ脱出し、見捨てることもできた。


 何故……少女を助けた?


「……そォか」


 自身の心境の変化ってのは、何よりも気付きにくく、また言語化が難しい。

 しかもリラックスした状況や情況でなければ、自ら探ることも出来なかった。


「俺ァ、人間ン成りたかッたンだな」


 灰色の世界に彩りを取り戻そうとしたのも、周囲の普通・・と同じ景色を見たかったから。

 一人の少女を見捨てず、殺さず、今でも救おうと奮闘しているのは、それが人間らしい行動だと感じたからだろう。


 ……皮肉なもんだ。

 心の底では普通に憧れていたと気付いたのが、人間辞めちまった後だとはな……。


 暫くの間、浴室内にはお湯の流れる音だけが響いていた――。


 * * *


 浴室から出ると、何やら少々騒がしい。

 水気を拭き取り、新たに用意されていた衣服を身に纏いつつ聞き耳を立てていると、


「なんでそんなことが可能になるわけ!?」

「そうは言われてものぉ、ワシらにとっては当然の技術じゃし……」

「あーもう! 何か資料とか無いの!?」

「それが無い、と言うより残せないんじゃよ。外界との接触を断ってから文字を扱えるのはワシ含め極少数。口伝で伝える方が早いと皆が言うもんでな……」


 なんの話かは分からないが、カレンが振り回されているのだけは理解できた。

 恐らくは魔法分野のあれこれだ、俺が首を突っ込める内容では無いだろう。

 タオルで髪の残った水気を吸い取りつつ、衝立ついたてから出たところで二人と目が合った。


「おぉ、良いところに。休むいとま無くですまんが、おぬしの事を色々と教えてくれんか」

「あァ、別に構わねェが」

「アンタ……なんか雰囲気変わった?」

「そォか?」

「うん。なんだか、憑き物が落ちたような気がするわ」


 はたから見ても分かるレベルで違いが表れているらしい。まぁ態々言うほどの事でも無いだろうからスルーしておこう。


「ンで、何を知りたいンだ」

「先ず、おぬしは魔力を持たんとは本当か?」

「らしィな」

「ふむ。となれば自力での魔力運用は完全に切り捨てて、周囲の魔力を利用するのが良いのだろうな」

「地脈ン利用して戦うッて事か?」

「それも可能じゃし、更に強力な運用も考えられるのぉ」

「そう、その原理が分かればとっても役に立つのに!」


 さっき騒いでた原因はこれか。


「その運用ッてのァ?」

「それはの――」


 * * *


「ふむ、面白いことになりそうじゃの」


 暗い無機質な室内で、ウルと名付けられた妖狐のお姉さんが何処か遠くを見やる様にして呟く。

 私にはサッパリわからないが、きっとお兄さんに関係することなのだろう。


「もう少しで、助けてあげられそうじゃ。あと一寸ちょっとだけ辛抱しておくれ」


 未だに繋がれた管は血を吸い、流動食を流し込み続けている。

 だけど、以前よりは苦しくない。

 きっと、希望の光が心を照らし続けているから。


 私の頭を、お姉さんがそっと撫でる。

 アンおばあちゃんもきっと、こんな感じだったのかな……。


 * * *


「なるほどな、戦い方ァ理解した。それで頼む」

「わかった、りすぐりの職人に声を掛けよう。完成まで暫く待っとってくれ」


 家を飛び出していくセルゲイを見送り、室内にあった揺り椅子へ腰掛ける。

 

「ォ前も、今ン内に浴室借りとけ。疲れ取れンぞ」

「……覗かないでよね」


 逡巡し、しかし風呂の魔力には抗えなかったようで衝立の向こうへと消えていく。

 一人揺られつつ、リリアーヌへ想いを馳せるのだった――

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