第60話 光明

 小熊と南海は、まばゆい光を放ちながら並ぶ自販機を眺めた。

 光量は大きいが刺激が少ないように見えるのは、それらの自販機がLED照明普及以前に作られた物だからなのかもしれない。

 その代償として消費電力は大きく、羽虫を引き寄せたりもする。玉切れというフィラメント電球特有の経年劣化で旧い自販機は所々灯りが消えてたりするが、それは一長一短という奴だろう。

 小熊は自分のカブを見つめた。今乗っているハンターカブも南海が乗ってるカブC一二五も、ヘッドライトやテールライト、ウインカーやメーター灯は玉切れが無く光量充分なLEDだが、小熊が私用で乗っているカブは旧式の白熱電球のままで、特に問題が発生していないのでそのままにしている。


 白熱灯電球はLEDほど光が鋭くならず明暗差が出にくいので、ライトの照射範囲外がよく見えるような気がするし、玉切れという弱点については、少なくとも小熊のカブ90は純正品の品質のおかげか一度も玉切れしていない。

 以前乗っていたカブ50は何度か玉切れを起こし、玉切れは頻発したテールライトだけLED球に替えたが。それ以外の電球に関しては予備を家に備えるなり遠出の時は後部ボックスに積んで行くなりすれば対応可能で、交換作業は道端でも基本的な工具を使って出来るくらい容易。出先で買うにしてもカブの電球は大概のホームセンターに置いてある。現状そういった実店舗での入手性に関しては、LEDより白熱電球のほうが良好で、粗悪品を掴まされる可能性も低い。

 消費電力についてもカブの灯火類はエンジンの発電機から電源供給されていて、バッテリーを使うのはエンジン停止時くらいなので、通常使用の範囲では問題にならない。

 世の中がは便利に効率いい方向へ着実に変化しているが、百数十年前に白熱灯電球を発明したエジソン博士の威光はまだ幾らか残っているらしい。

 

 初めて乗ったバイクがカブC一二五で、バイクの照明はLEDの灯りしか知らない南海は、彼女にとっては新奇なものであろう白熱灯照明の自販機を興味深げに眺めていた。

 小熊は山梨県内にはまだそこそこ残っているせいで見慣れた旧い自販機を見渡しながら、ここに来た本来の目的を思い出す。

 ラーメンとハンバーガーの少々俗悪な夕食をしめくくるデザートを南海と一緒に楽しみたい。南海の論文執筆も小熊の奔走で協力者の目途がついたことで一段落ついた。今、小熊が南海とすべきことは、暑さと退屈に倦む事も多い夏の夜を精一杯楽しむこと。

 南海はさっき食べたばかりのラーメンやハンバーガーが自販機で売られているのを見て苦笑している。小熊としてもこれ以上南海にご馳走を食べさせ、彼女の体型が今より更に女性的になってしまっては困る。そうなったらクラスで孤立し、誰からも関心を持たれていないという南海の女としての魅力に皆が気づいてしまう。

 並ぶ自販機の前に立った南海が後ろを振り返る。自販機の灯りが逆光になって照らす南海の桜色のカーディガンと、その色を反射させたような淡い色の長い髪。小熊の心臓が捕まれるような気分になった。

 とりあえず小熊は、南海に動揺を悟られないように意識して平静な声を心がけながら、南海に言った。

「甘いコーヒーにしようか」


 南海はこんなに多くの自販機が並ぶ中で、どこの自販機にも売ってそうな缶コーヒーを選ぶ小熊を見てくすくす笑い、手近な自販機に手を伸ばす。

 最近は街で見かける自販機の多くを占めるようになったスマホ決済の自販機を使い慣れているせいか、現金支払いの自販機に少し戸惑いながら財布を出す南海の後ろから覆い被さるように小熊が手を伸ばし、自販機に五百円玉を放り込む。

 カッコつけてみたがつんのめって転びそうになり、かろうじて自販機に手を付いた小熊を見た南海は、なぜか愉快そうに笑いながら二缶のカフェオレを買った。

 自販機から出た缶コーヒーを取り出し、釣銭を受け皿から掴んだ南海は、小熊の掌に小銭と缶コーヒーを置きながら言った。

 「どこで飲みますか?」

 小熊は不器用な仕草で小銭をデニムのポケットに、コーヒーを上着のポケットに突っ込み、何と虚勢を張りつつ言った。

 「どこか静かなとこで、ここは明るすぎる」

 南海は冷たい缶コーヒーを小熊の頬に当てながら言った。

 「小熊さんにお任せします」


 さっきまでロードサイド店舗の灯りを眺め、今は並ぶ自販機に照らされ、夜の灯りに少し当てられた小熊は、目の前でで最も眩い桜色の光を放つ南海の手を引いた。

 南海と一緒にいれば、どんな暗闇の中でも光に困る事は無いだろうと思った。

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