赤き竜の咆哮(3)

「ぐぅ! ……これは、なかなかにキツイな」


 魔法剣と魔剣には、実は明確な違いはない。

 要はその剣が禍々しいか、そうでないかで呼び方が違うだけである。

 

 ヌゼが手にした魔剣は、剣の形状自体が妙に不安を煽る様な見た目をしている上、放つ光が暗い紫だと言う事も、見たものに魔剣と呼ばせる代物になっている。


 その効果は、身体強化に似ている。

 ただし、実際に上昇しているのは膂力だけではない。

 魔力やその他、ゲームの設定で言うステータスの類は、ほぼほぼ上昇している。

 上昇しないステータスはLUCKのみである。

 上昇値は固定値だが、ヌゼにとっては2倍近い上昇値である。


 ただし、その代償としてHPが減り続けるという設定があった。

 これは、現実世界に置き換えると、使っているだけで過労が蓄積し、そのまま使い続ければ意識を手放す事になる。


 先に述べたが、魔剣と魔法剣の違いは、その禍々しさのみである。

 魔剣の中には代償を必要としない物も多いし、魔法剣の中にも代償が必要な物もある。


 そんな代償を支払ってでも、ヌゼが魔剣の効果を発動した理由は、その力が必要だったからに他ならない。


「情報通り、多いな……お前達、やれるか?」


 魔導石採掘跡地――規模はそれほど大きくないが、盗賊達はそこを改造し、それなりに良い暮らしをしているようだった。

 そんな盗賊達の塒に奇襲を掛ける前段階として、騎士達は盗賊から奪った魔剣を使ったのだ。


「……はい。幸い、この魔剣の効果は身体強化と重ね掛けが出来る様です」

「この魔剣があれば、盗賊なんぞに後れを取りはしません」


「……馬鹿者。魔剣の力に飲まれるな。相手も魔法剣を持っているのだぞ? まして、聞きだした情報では、魔法剣の種類は1種類ではない。この魔剣よりも優れた魔法剣もあるだろう。決して油断するな」


「はっ――! 失礼致しました」


「とは言え、お前達はこの1年、私と同じ訓練メニューをこなして来た。自信を持ていい、今のお前達は1年前とは違う。もう立派な騎士だ」


「はい。言い直します。騎士として、盗賊団如きに後れを取りはしません」


「その意気だ……行くぞ!」


「「「はっ!」」」


 精鋭と呼ぶにはあまりに若い騎士9名が、精鋭と呼べるほどの気概を持って走り出した。


 先頭のヌゼが、木と鉄で出来た簡易的な扉を蹴り破った。


「な、なんだテメェ等!」


「首を取るように命令された相手の顔ぐらい知っておけ。私がヌゼ=ネフィスである!」


 ヌゼは口上と同時に、1人目の盗賊の首を跳ねる。


「そ、その剣! なんでテメェ等が仲間の魔剣を持ってやがる!」


「仲間? そいつらならお前達を裏切って、自分達だけで逃げようとしていたぞ? 安心しろ、お前達の代わりに私達が制裁を課しておいた。まぁ、お前達も直ぐ同じ目に合うわけだがな」


 会話をしつつ、2人目の首も跳ねた。


「ば、バカな。な、なんだあの動き――あの魔剣にあそこまでの強さはねぇ筈だ」


「盗賊如きでは、魔剣の力は引き出せんという事だろうさ」


 そして3つ――


「く、くそっ! 強いとは聞いていたが、こんな化け物だとは聞いてねぇぞ!? こうなりゃ、こっちもやけっぱちだ!」


 盗賊の男は、2本の魔剣を同時に手に持った。

 そして、それを同時に発動させる。


「ぐぅ、ぐおおおおおおおおおお!!」


 男が紫の光を纏うと、体は僅かに膨張し、血管が浮かび上がる。


「ぎぃ……こ、これなら、これなら勝てるはず――だ?」


 だがしかし、直ぐに男の視界がぐるりと回る。

 盗賊が構え終えるの待つほど、ヌゼは温くない。


「隙だらけだったぞ?」


 ゴロンと、盗賊の首が地面に落ちた。


 戦いは一方的だった。

 

 他の騎士たちはヌゼのサポートに回り、出来るだけヌゼの周りに集まる盗賊の数を制御し、回復薬をふりかけ、無理に攻めず、そうしている間に決着はついた。


 ヌゼの戦いぶりは凄まじく、返り血で真っ赤に染まったヌゼを見た仲間の騎士の1人が、こう呟いた――


「赤い、竜の化身――」


 と――




 盗賊の頭目と思しき男を下したヌゼは、その喉に魔剣の切っ先を突きつける。


「さて、お前に聞きたいのは2つ。1つ目、アーシェル子爵に魔法剣を渡したのは誰だ?」


「し、知らねぇ! ほ、本当だ!」


「だろうな。では次だ、アーシェル子爵がお前達にやらせてきた悪事の数々、その証拠を残しているか?」


「……あ、ああ。いつかアイツが俺達を切り捨てる時が来た時、そう簡単に切り捨てられない様にしてやるために、書類と日誌を残している」


「賢いじゃないか。では選べ、ただで死ぬか、アーシェル子爵も道連れにするか、だ――」


 盗賊団の頭目の選択は、後者であった。




「ヌゼ殿、その証拠をどのように扱うおつもりですか?」


 盗賊達の遺体を処理している時、部下の1人がヌゼにそう尋ねた。


「あの御令嬢に約束した事もある。彼女が戦う道を選ぶまで、我々で保管しておいてやるのが良いだろう」


「随分とお優しいですが……まさか、惚れましたか?」


「ははは、お前も冗談を言うのだな。貴族にとって、惚れた腫れたなんぞは関係ない。あるのは常に自分の益の事だけさ」


「……あちらは、そうは思っていないかも知れませんが――」


 女性の騎士がポツリと呟いたその言葉はヌゼには届かなかった。


「さぁ、任務完了だ。負傷した仲間の見舞いに行きたい者は申し出ろ」


 ヌゼの言葉に全員が手を挙げる。


「……2回に分けるか。あまり大勢で押し寄せるのも迷惑だろうからな――では、これより王都へ帰還する」


「「「はっ――!!」」」


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