第56話 模擬戦(2)
痛みを感じたのだろう。
「…ぐあっ」
少年は負傷した左肩を服の上から押さえる。
そして、痛みを堪えるため、歯を食いしばる。
オーバ・チュアは震えた。
2対1とは言え、スルトに勝ったのだ。
オーバ・チュアは嬉しさの滲み出た声で言う。
「どうです?なかなか自分たちも頑張ったんですじゃ。」
「合格ですかな?」
自信満々のオーバ・チュアと比べてフリートの表情は浮かない顔をしていた。
「合格かな。」
スルトは合格を告げた。
オーバ・チュアとフリートはスルトの方に目を向ける。
しかし、声の発生源はそこではなかった。
「まあ、テストとしてはだけどね。」
2人は混乱しながらも、その発生源を探し、驚愕する。
スルトがオーバ・チュアの肩に手を置く。
スルトはオーバ・チュアの後ろにいた。
さらに、スルトはかすり傷1つ追っていなかったのだ。
オーバ・チュアに衝撃が走る「うがががががが」の「うがが」くらいには思ってしまってたのは気のせいかもしれない。
「でも、それはテストとしての話、模擬戦としてはまだまだだね。」
「甘すぎるよ。」
スルトはそう言って迷わず、刀を振りぬく。
その刀は寸分の狂いなく、そして一瞬の躊躇いもなく、オーバ・チュアの首に食い込む。
オーバ・チュアは慌てて背を縮め、前に転がる。
しかし、首の3分の1程が切られており、血が止まらない。
だが、止まらない追撃が体を休めることを許さなかった。
オーバ・チュアは動悸が激しく、力が抜けてフラフラとする体を必死に動かす。
もう、刀を握れなくなっていた。
必死にこれ以上、致命傷を受けないよう避けまわるオーバ・チュアの体に斬撃が次々と刻まれていく。
フリートは目の前に広がる有り得ない光景に考え込んでいた。
「…まさか、幻術1つを取っても音や気配、影まで再現しているとは…。」
「成長が早すぎる。本当に化け物じゃないか。」
それから、先ほどの幻術に対する分析を続けようとする。
しかし、その分析は中断される。
オーバ・チュアが助けを求めたのだ。
「はあっ、おい…フリート、…何を…やっとる…のじゃ。」
「助けてくれ!」
フリートは心の中で舌打ちをする。
「すみません。」
「今、加勢します。」
しかし、フリートが参戦しても、焼け石に水だった。
それどころか、フリートまで火が広がってきて、オーバ・チュアの負担はほとんど変わらないのに、フリートの方も息も絶え絶えだった。
魔力をほとんど使い切っているため、いつもよりもとても重く感じる体を無理やり動かし、スルトに攻撃を仕掛ける。
フリートは自分の動きが落ちていることを自覚しているため、大剣を地面に置いたままにし、武器を腰にしまっていた短剣に変える。
だが、やはり簡単に簡単に躱され、それどころか激しい反撃が襲い掛かる。
数十分ほどだっただろうか。
しかし、その数十分がオーバ・チュアとフリートにはとても長く感じられた。
フリートがとうとうダウンし、フリートもそれにつられて膝をつく。
そこで、模擬戦は終わった。
しかし、模擬戦が終わっても、スルトがスパルタなことに変わりはなかった。
「君は立てるだろう。すまないが、君は自分で立って部屋に帰ってくれ。」
スルトは少しもそう思ってなさそうな形だけのすまないでそう言った。
本当に恐ろしい人だとフリートは思った。
「さすがに、2人を背負って帰るのは少し疲れるからな。」
スルトは2人の部屋に帰る途中に先に重傷だったオーバ・チュアの方を治癒した。
その時に、「残念ながら死ぬまでには至らなかったか…」と思ったのだった。
そして、2人の部屋に着くころにはオーバ・チュアの方の治療は終了していたので、2人の部屋に着いたらすぐにフリートの治療に移った。
フリートの方は割と重傷じゃなかったと言っても、打撲や切り傷、骨折などで結構ひどいことになっていたが、すぐに終わった。
そのため、スルトは「今日はゆっくり休んでね」と言うと、すぐに去ろうとしたが、それをフリートが引き留めた。
「スルト様、すみません。いくつかお尋ねしたいのですが、よろしいでしょうか。」
「いいよ。何かな?」
「えっと、無礼を承知で言わせていただきますが、ここまでする必要はあったのでしょうか。それとも、私たちは死んでも替えがきく、取るに足らない存在だということでしょうか。」
スルトは全てを見透かすような瞳でフリートを少しだけ見て、答える。
「いや、君たちを切り捨てようと思ったわけじゃないよ。死んでもいいって言ったのは比喩だよ。大抵の傷なら治せるからね。それくらいの気持ちやそれくらいの状況じゃないと人が爆発的に成長することなんてできないから。」
「そうですか。」
「では、もう1つだけ。明日のピクニックではどこで何をされるのですか。」
「ああ、そのことか。そうだったね。オーバ・チュアは寝ているが、まあ後で教えてあげるといい。」
フリートはスルトの言葉に必死の思いで耳を傾ける。
「ピクニックって言うのはただ、戦場に言って散歩するだけだよ。」
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