第47話 危機
銃声は聞こえなかった。
「…っ。」
代わりに聞こえたのは黒髪の青年の声にならない音だった。
その瞬間に黒髪の青年の身体の中の何かが崩れた。
時が止まったように固まった黒髪の青年に、女性はすかさず殴り掛かる。
女性の異様な速さのこぶしは黒髪の青年の頭をめがけて、どんどん近づく。
それを鍛えられた感によって黒髪の青年は反射的に後ろに上半身をのけぞる。
間一髪だった。そうとしか言いようがない一瞬だった。
両者は狭い部屋の中で距離をとる。
しかし、次にとる両者の行動は異なった。
さらなる攻撃を畳みかけるため、女性は力強く踏み込み、こぶしを振り上げる一方、黒髪の青年は女性が動くまで動かなかった。
黒髪の青年は反応が遅れたため、防戦一方になった。
女性のこぶしが四方八方から飛んでくる。
しかも、そのこぶしは奇妙な曲がり方をする。
それらをギリギリながらも見事な身のこなしで避ける。
だが、反撃の隙を狙って撃った黒髪の青年の弾は全て敵の致命傷からは外れていた。
何度も同じような応酬が続く。
しかし、その応酬もいつまでも続くわけもなく、その終わりが近づいていた。
女性は何度も繰り広げた攻防により悟っていた。この黒髪の青年は自分を殺すことはできないということを。そして、女性はこの特性を利用しない手がないと思い、すぐさま行動に移す。
女性はいきなり黒髪の青年に向かってものすごいスピードで走ってくる。
黒髪の青年は銃を構え、攻撃に備える。
黒髪の青年は銃を連発するが、どれも致命傷ではなかった。
もはや、女性と黒髪の青年との距離はもう女性がこぶしを突き出せば、黒髪の青年に届く距離だった。
しかし、女性はこぶしは突き出さなかった。
その代わりに、背中らへんから取り出しただろうナイフを黒髪の青年に向かって真正面に投げる。
黒髪の青年は女性の投げたナイフを銃でをはじく。
次の瞬間、その勝負が決まることを両者は悟った。
ナイフをはじいた後、女性は黒髪の青年の目の前から消えていた。
しかし、黒髪の青年は慌てずに女性のいない前を向いたまま、身を低くする。
女性のこぶしは黒髪の青年の頭すれすれを通り過ぎる。
そして、黒髪の青年は立ち上がり、素早く女性の首に銃口をあて、両手を挙げさせる。
黒髪の青年は女性の行動を先読みしていたのだ。
それから、黒髪の青年は銃口で女性捉えながらも、女性に言う。
「そのまま、部屋の左隅まで下がれ。」
女性は1歩後ろに下がる。
だが、次の後ろの1歩はなかった。その代わりに前の1歩が踏み出された。
女性は銃口が向けられているにも関わらず、黒髪の青年の頭に狙いを定め、こぶしを繰り出す。
そのこぶしは、今までとは格が違い、明らかに速く、威力も十分すぎた。
黒髪の青年は心の中で舌打ちをする。このこぶしの速さと威力、この距離ではおそらく、自分はもう助からないと理解したのだ。
しかし、それでも何もせずに、ただ待つ訳にはいかなかった。
黒髪の青年の頭の中で長い長い記憶の断片が思い出される。
周りにいる大勢にいる大衆が小さな綺麗な銀髪の少年を称える。
懸命に上司の命令を聞いて銀髪の少年がせこせこ走り回る。
銀髪の青年が可愛らしい少女と出会う。
騒がしい大衆を遠くから銀髪の青年が見渡す。
暗い顔をした銀髪の青年がみるみるうちに漆黒に染まっていく。
真っ黒な瞳をした黒髪の青年に1人の幼児が手を差し伸べる。
黒髪の青年が誰もいない静まり返った部屋で竜の少女を複雑そうに見つめる。
減らず口の青年が見透かしたような目で黒髪の青年の目を捕らえて、口を開く。
最後に思い出されたのは…
可愛らしいお人よしの少女の笑う顔と凍えるような少年の笑みだった。
黒髪の青年は顔をほころばせる。
こんな時に思い出すのは絶対に違い過ぎる2人だったことに心の底から笑いが込み上げてきた。
黒髪の青年は現実に戻された。
そんな黒髪の青年の口から漏れたのは1つだけだった。
「ドグ…。」
そして…
バコーンという音が似合いそうなこぶしがクリーンヒットする。
ビチャ。
血があたりに飛び散る。
しかし、飛び散ったのは血液だけではなかった。
いや、それよりも、格別多かったのは白いふわふわした物体だった。
黒髪の青年はとっさに自分の手元を見る。
そう、いなかったのだ。
そこにいた竜の少女は今、黒髪の青年のすぐ目の前にいた。
その竜の少女は腹のあたりが爆発したかのようになっていた。
腹のあたりはほとんどもう膨らみがなく、ぺちゃんこになっていて、中からはたくさんの綿毛が出てきていた。そして、その衝撃が伝わったかのようにその惨状はほとんどの身体全体に広がっていて、もう元の形を少しも留めていなかった。
そして、ゆっくりと下に向かっていく竜の少女に躊躇なく、次の女性の攻撃が降りかかろうとしていた。
黒髪の青年は竜の少女を庇おうと覆いかぶさる。
もうすでに手遅れかもしれないと思いながらも。
黒髪の青年は顔を歪めて、吐き捨てる。
「だから、善人は嫌いなんだよ。」
いよいよ、終わりだなと黒髪の青年は思った。
ゴゴゴゴゴ。
ドーン。
地響きのような音が聞こえた後に、黒髪の青年の目の前に天井が落ちてきた。
その天井の瓦礫のようなものが女性の頭から降ってきた。
立ち込める煙が収まっていく。
そんな中、次第に見えてくる人影に2人の視線は釘付けになる。
その人物は如何にもお偉いさんのような煌びやかな装飾の服を纏っていた。それは着る人によってはお飾りにしか見えないような服とも言えるようものだった。しかし、その人物には驚くほどにピッタリで相応しいとしか言えなかった。
その瓦礫のようなものは喋った。
「うわー。危機一髪だったね。」
その声の持ち主は振り返ることなく、そう言った。
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