難攻不落の冷徹侯爵!ギャップでキュンキュンさせるのは反則です
白神ブナ
第1話 結婚式当日
教会の鐘が正午を告げた。
空は灰色の雲に覆われている。
この雲さえ無ければ、青い空と太陽がわたしたちを真上から照らしているはず。
そう、祝福されるはずなのに。
―また放置されたみたい、わたし。
教会の戸口には司祭とわたしの両親、侯爵の執事ジョバンニ。
そして、クリーム色のウエディングドレスに身を包み、白いヴェールを被ったわたし。
結婚式だというのに、教会の前にはたったの五人だ。
花婿を入れても六人。
その六人目になるはずの花婿が、実はまだ来ていない。
父は懐中時計を見てはまたポケットにしまう。これで父が時計を見たのは何回目だろう。
「結婚式と聞いて来たんですが、違いましたか? 日にちを間違えたのでしょうか」
執事ジョバンニは、主が姿を見せなくてもそれに動揺している様子は見せない。
「申し訳ございません。旦那様は少々遅れるようでございます」
「いや、少々っていう時間じゃありませんな」
父はまた懐中時計を見て、ため息をついた。
「カンパニーレ侯爵は、もう来ないんじゃないですか?」
「あなた、それを言ってはいけませんわ。それって、婚約破棄っていう意味じゃありません?」
母の指摘は的確過ぎて、わたしの心をチクリと傷つけた。
なのに、わたしって、なんでこんなに作り笑いしているのかしら。
「やはり冷徹侯爵という噂は本当でしたのね。
今まで、何人もの婚約者がいたにもかかわらず、
何故いまだに独り身でいらっしゃるのか、その理由がやっとわかりました。
婚約しても、そこから先は何も進展しないって聞いていましたし、
あの噂は本当だったのですね」
「お母さま、わたし慣れておりますから。
カンパニーレ侯爵はとてもお忙しい方なんです」
「慣れたらだめよ、モニカ」
母はびしっとわたしを叱った。
母が不機嫌になるのを察して、父はジョバンニに提案した。
「教会の司祭さまに、こうしてお待まちいただくのも心苦しい。
今日のところは一旦取りやめて、また改めて仕切り直しってことで。
バトラー・ジョバンニ、それでいかがかな」
「いえ、あの、せんえつながら、わ、わたくしが代役を務めさせていただきます!」
代役って…何を言い出すの、ジョバンニ。
あなた、自分が言っている意味がわかっていて?
母ももちろん驚き、唖然としている。
「結婚式の代役なんて初めて聞きましたわ。そんなことできますの?」
「司祭さま、わたくしが代役でも式は可能ですよね」
「いいえ、ダメです。代理で神に誓うことはできません」
「そこをなんとか……、万が一、結婚式に間に合わない場合はわたくしが代役を務めるよう、旦那様から仰せつかっております」
「それは、神への冒涜です」
冷徹侯爵と呼ばれるロレンツィオ・カンパニーレ様のこと。
目的遂行のためならば、神様への冒涜であろうがなんであろうが何でもすると思う。
カンパニーレ侯爵は、そこまでストイックに任務遂行をなさる方だから。
ジョバンニに代役を務めろと命令したのは、きっと事実だわ。
ロレンツィオ・カンパニーレ様は、今ごろ敵地に乗り込んで戦っていらっしゃる。
多くの敵を倒し、多くの命を奪って、剣を振っていることでしょう。
それを思うと胸が痛い。
結婚式前に、そのような残忍な行為を……
はっ、いけない。
わたしったら、何をネガティブに考えているの。
そうじゃないの、そうじゃなくて。
わたしは、ロレンツィオ・カンパニーレ様が大好きなの。
大好きだからこそ、ロレンツィオ様を信じて結婚するのよ。
わたしが信じないで、誰がロレンツィオ様を信じるというの。
修道院で毎日やっていたように、自分の頬を両手で叩いた。
パンパンパン!
しっかりしなさい、わたし。
わたしさえ我慢すればこの場が丸くおさまるって?
一瞬でもそう思った自分を恥じた。
これは我慢ではないわ。
ロレンツィオ様への愛と、わたしの覚悟なのよ。
ここは、わたしが一役買って、行動するしかないようね。
「司祭さま、代役は神への冒涜にはなりません。
なぜなら、ロレンツィオ様はやむをえない事情で来られないだけだからです。
わたくしはそれを信じて待っています。
神への冒涜にはならないことを、わたくしが保証します。
どうか、執事ジョバンニを侯爵様の代役で、結婚式を執り行ってください」
もちろん、わたしごときが保証しても何の効力もない。
それは、わかっている。
父はあきれ顔で言った。
「モニカ、なんてことを。お前がそこまでせずとも……」
「モニカお嬢様! よくぞおっしゃいました。
それでこそ、カンパニーレ侯爵夫人になるべき方の行動です」
やや完璧な執事、ジョバンニから褒められた。
さすが、ジョバンニ、わたしの気持ちがわかるなんて、あなた天使ね。
「そうだった、モニカはカンパニーレ侯爵夫人になるのだった。モニカ、その決心は潔いぞ。
司祭さま、娘の願いを聞き入れてください」
父は司祭に向かい直し、跪いてお願いした。
「いや、いや、そういう問題ではなくて……」
断ろうとする司祭に、父だけではなく母までが一緒になって詰め寄る。
「この子がここまで言うのは、よほどの事なんですわ。
母親であるわたくしにはよくわかります。
どうか、この子の願いを聞き入れてくださいませ。
聞き入れてくださったら、寄付金十倍にさせていただきます!!」
これって、買収……、いいえ、説得です。
「は、はい、わかりました」
えええええ! わかっていいの? 司祭さま!
まぁ、わたしはそれでも構わないのだけど、宗教家としてどうよ。
「クレメンティ伯爵の願いであれば、致し方がない…では」
司祭は、聖書を開き、祈りを捧げる。
「新郎ロレンツィオ・カンパニーレ あなたはここにいるモニカ・クレメンティを
病める時も 健やかなる時も
富める時も 貧しき時も
妻として愛し 敬い 慈しむ事を誓いますか?」
執事ジョバンニの頬が心なしか赤らんで見える。
何を照れているの、あなた代役でしょ、代役。
わたしを見つめてジョバンニは返事をしようと口を開いた。
その瞬間、
「ちょっと待ったぁー!」
教会のある丘の下の方から、必死に馬を走らせて来る男の叫び声が聞こえた。
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