第41話 二人は月に一度の逢瀬を福井で重ねた

 それから光子と靖彦は月に一度の逢瀬を福井で重ねて、東尋坊や福井城、越前竹人形の里や養浩館庭園、或は越前和紙の里や平泉寺白山神社などの観光スポットを巡りながら、二人の愛を育み深め合った。

 

 光子が最も圧倒されたのは東尋坊の断崖絶壁だった。波の浸食によって荒々しく切り取られた絶壁が一キロにも及んで続いていたし、水面から二十五メートルもの高さから見下ろす景色は将に絶景だった。

だが、光子はその最先端までは行き着けなかった。恐くて足が竦んだ。

「なんだ、もう歩けないのか?」

靖彦に半ばからかうように揶揄された光子は、よし、歩いてやるぞ、と前へ進もうとしたが、次の靖彦の一言で立ち止まってしまった。

「此処は自殺の名所でな。強い風と荒い波に洗われて遺体も上がらんそうだ」

「もう、止めてよ。それでなくても怖いんだから」

光子の膨れ面の抗議に靖彦は詫びながら提案した。

「悪い、悪い、ちょっと揶揄っただけだよ。よし、それじゃ、怖くなくて然も絶景が観られる所へ行ってみよう、な」

 靖彦が光子を導いたのは高さが五十五メートルもある「東尋坊タワー」だった。

地上二階の展望台からは越前海岸、九頭竜川河口、東尋坊、白山連邦が見渡せ、三百六十度の展望は見渡す限り海、海、海だった。

「うわあ~、最高ね!地球が丸いよぉ!」

光子が燥いで靖彦も連られて笑った。

展望台の在る二階のレストランで海の幸たっぷりの「海鮮丼」を食べた後、二人は岩場に足を運んで奇岩巡りの遊覧船に乗った。

海面からそそり立つ雄大な柱状節理の断崖絶壁や大池、ライオン岩、ローソク岩、蜂の巣岩、夫婦岩などを凡そ三十分のクルージングで楽しんだ光子は感嘆して叫ぶように言った。

「流石に国の天然記念物や名勝に指定されているだけあって、凄いね。何を見ても圧倒されちゃったわ」

 

 癒されたのは「一乗谷朝倉氏遺跡」だった。

「戦国時代に越前を治めていた朝倉氏が一大拠点として整備した本格的城下町がこの一乗谷なんだ」

靖彦が物知り気に説明した。

「越前の国のほぼ真中に位置していて、然も主要街道が交差する交通の要衝で、統治するには格好の土地だったんだな」

南北には日本海に通じる足羽川が流れて物資運搬には便利であったろうし、東西は山間部が連なって天然の要塞を形作っていた。将に守り易く攻め難い場所だった。

復原町並や諏訪館跡庭園、湯殿御殿庭園、義景館など全てが戦国時代のままの遺跡としてつぶさに残っていて、靖彦も光子もこの史跡散策を楽しみながら、不思議にも、当時の栄華が蘇って来るような感じを味わった。

静かな遺跡の周囲からは秋虫や蛙の声が聞こえて来そうで心落ち着く場所だった。光子は館を囲む堀や土塁の風景を写真に撮りまくった。

「わたし、これをスマホの待ち受け画面にしようかしら」


 それから二人は電動アシスト付きの自転車をレンタルして近くの一乗滝までサイクリングを楽しんだ。登り坂ばかりだったが楽々と走れた。

「此処は宮本武蔵と対峙した佐々木小次郎が燕返しを祥み出した処なのよね」

歴史の一コマを偲んで二人は心を和ませた。

 

 年が明けた一月の中頃、夕食の後のコーヒーを啜りながら、靖彦がポツリと言った。

「なあ、今日は泊まって行かないか?」

一瞬、えっ、と言う表情で光子は靖彦の顔を見詰め、暫く間を置いてから答えた。

「わたしは真っ白な、純白の心と身体であなたの奥さんにして貰いたいと思っているの。

わたしだって今直ぐにでもあなたに抱かれたいし抱いて欲しいとも思っている。でも、染み一つ無いあなたに対する純粋なこの愛を犬猫の恋愛ごっこに貶めたくないの。何の非も無い自分に誇れる心を持ってあなたの処へ嫁ぎたいの。だから・・・」

「そうか、悪かった。今の言葉は忘れて欲しい」

「ううん、良いの。私だっていつもあなたと同じ気持ちなんだから。でも・・・」

光子は、自分を欲しがる靖彦の気持を心から嬉しく思った。直ぐにでも靖彦の胸に飛び込みたい思いを辛うじて堪えた。

 二人は「うん」「うん」と頷き合ってコーヒーを飲み終え、駅のエントランスへと腕を組んで歩を進めた。

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