第27話 純子、村山君に助けられ、親しくなる

 二週間が経って、純子が仕事に慣れて来つつあった或る日の午後だった。

突然、ワンピースを着た細身の女性が声を荒げた。七十歳前後の彫りの深い顔立ちで、後ろに束ねたグレイの髪が上品そうな感じを与えていた。

「だから、どうしてこんな処に置くのかしら、って訊いているの」

怒られているのは村山君と言う、面接に来た日に純子を店長のところへ連れて行ってくれた品出しの男性だった。

「パイナップルの上の段にバナナなんかを置くから、パイナップルの棘に袖口が引っかかるのよ」

「はあ、済みません」

「舶来品が台無しだわ」

「申し訳ありませんでしたあぁ~」

村山君が腰を深く折って頭を下げた。

「語尾は延ばさない!」

村山君がぺろりと舌を出した。

「舌は出さない!」

女性はぴしゃりと言い放ち、自分のショッピングカートを後ろ手に店を出て行った。

「マー子おばさん、今日は割合、あっさりしていたじゃない」

野々村さんが村山君に声を掛けた。

純子が後で村山君から聞いたところによると、彼女の名は「呉麻子(くれあさこ)」、来店する度に何やかやと文句をつけ、嫌味を言って帰って行くので「麻子」を「マコ」と読んで「呉マコ」、「クレーマー子」、略して「マー子」と言うのだそうであった。皮肉を込めて村山君が説明してくれた。

「君も彼女には十分気を付けろよ」

仕事を終えた純子は、割引になった弁当を買って店を出た。


 三日後、マー子おばさんが純子のレジに並んだ。

「いらっしゃいませ」

眼を上げた途端に声が飛んで来た。

「遅い!一人に五分以上も掛かっているじゃないの」

ムカッと来た純子の口からついつい言葉が漏れた。

「すみません。精一杯やっているんですが」

「言い訳はしない!」

「はい、済みません」

 その時、近くに居た村山君がつかつかと歩み寄って来てマー子おばさんに言った。

「おばあさん、あんた」

「おばあさん?」

「いえ、おばさん。あんた何時もいつも、そうやって細かいことにいちいち文句をつけて、嫌味や皮肉をいっぱい並べ立てて、俺達だけでなくお客さんにまで不愉快な思いをさせて、それであんた、楽しいんですか?面白いんですか?幸せなんですか?」

「村山さん・・・」

純子が慌てて制した。彼は、もう我慢ならない、という顔付きをしていた。

 然し、レジを終えて袋詰めのカウンター前に立ったマー子おばさんはケロッとした貌をして、隣に並んだ六十過ぎの老婦人に話し掛けた。

「あの子、言い難いことをはっきりとしっかり言うじゃない、私、見直したわ」

「ええ、わたしも同感です」

カリカリと怒り心頭に達しているかと思いきや、案外そうでもなさそうなマー子おばさんの様子に、純子の口からウフッと声が漏れた。

「何がおかしいのよ!」

忽ち、振り向いた顔がじろっと此方を睨んだ。純子は思わず首を竦めた。


 それから、純子と村山君は急速に親しくなった。

彼の名は村山浩次、純子と同じ高校の二年先輩だった。夏休みだけでなく冬や春の休みにも、そして、普段も土日と水曜日には此処「鶴亀屋」で働いていると言う。

「そんなにバイトをしていたら、勉強する時間が余り無いんじゃないですか?」

「良いんだよ。俺は勉強が嫌いだし、それに、大学なんか行く気も無いし」

この人はわたしと同じなんだわ、そう思って純子は彼に親近感を覚えた。そして、夏休みが終わった後も、浩次と同じように週に三回、土日と水曜日にバイトに入ることにした。二人は愈々仲良くなって行った。

 

 浩次は高校を出て直ぐに市西南部の工業団地に在る小さな板金工場へ就職し、二人が顔を合わせる機会は大幅に減ったが、偶に、浩次が店に買い物に来て顔を合わせることはあった。二人は親しく挨拶を交わした。

「どうだ、元気で頑張っているか?」

「あっ、村上さん。はい、頑張ってやっています」

「じゃあな」

浩次は笑顔で手を上げて去って行った。

 

 二年後、純子は高校卒業と同時に地場の製茶工場に勤めた。

純子は胸の膨らみが大きくなり、腰の辺りにも肉がついて、身体の線が美しくなり女らしさが増していた。浩次は純子を見る度にどぎまぎした感情を覚えた。高校の制服姿では思いもつかなかった若い女性の純子が目の前に居た。

 学校時代の友人たちは、大学へ進学したり専門学校へ通ったり、仕事に就いた者も大阪や京都に出て行ったりして、いつの間にか、二人の周りから姿を消してしまっていた。やがて、浩次と純子は食事を共にし、一緒に酒を飲んでカラオケを唄い、サイクリングで近郊を走ったり、夏の海で泳いだりするようになった。純子は特に歌が大好きで、浩次が聞き惚れるほどに上手かった。二人の心には互いを愛しみ慕う思いが極めて自然に膨れ上がって行った。


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