第10話 二人の若い女性がホテルへやって来た
お盆の一週間ほど前になって、二人の若い女性がホテル「プチ・フルール」のフロントの前に立った。倉木麻衣と結城忍と名乗る二十二歳の大学生だったが、二人ともすらりとした美形だった。
「明るくて、思ったより広い感じね」
「うん、建物の色彩も雰囲気も伸びやかね」
麻衣と忍は高校の体操部で知り合い仲良くなって、卒業後も何かと親密に付き合って来た。通った大学は違っていたが、その親交は既に七年に及んでいる。
性格は麻衣の方が明るく積極的で、忍は麻衣に比べると慎重で控えめな面が在った。
二人とも早くから異性には良くモテた。大きな良く動く黒い瞳の麻衣と切れ長の涼やかな眼の忍が、体操の選手を目指したほどの均整の取れた肢体で、長い髪を風に靡かせて闊歩する姿は男性の視線を釘付けにした。二十二歳になった二人には今や大人の艶までがその肢体に匂っていた。
二人が導かれた部屋は、麻衣が二一六号室で忍は二一七号室だった。麻衣は池田慎一の隣室で、その隣が忍の部屋だった。
夜になって麻衣と忍はダイニングルームで夕食を執った後、サロンへ移って食後の酒を愉しんだ。
「ねえ、バーへ行ってもう少しブランディでも呑もうよ」
「そうね、それも良いわね」
暫くすると、かなり酔いの回った顔で麻衣が忍を眺めていた。
「あなた、少し飲み過ぎじゃない?」
麻衣がブランディのお代わりをするのを見て、忍が窘めた。
「明日、苦しい思いをするわよ」
「宿酔いなんてしょっちゅう経験しているわ」
麻衣は淡いピンクとグレーの入り混じったワンピースの肩を聳やかした。
「あたし、もう二十二歳よ、子供扱いしないで」
そのことは無論、忍も同じだった。彼女も飲物のお代わりをバーテンダーに頼んだ。
「何なの?それ・・・」
麻衣が忍の手にしている、運ばれて来たグラスの中身を訊ねた。
「ブランディマリーのウォッカ抜きよ」
「それって、トマトジュースじゃないの?」
麻衣は下を向いて笑い出した。
彼女のブランディを口に運ぶテンポが遅くなって来た。
さり気なく、忍が麻衣の手を取って立たせた。
「さあ、今夜はもうお休み。明日また楽しくやろうよ、ね」
麻衣は素直に歩き出したが、足元がよろめいていた。忍は彼女を支えて部屋まで連れて行った。
三日目の午後、室内プールで麻衣が気持ち良さそうに泳いでいた。
プールサイドには海へ向かって大きく張り出したテラスが在った。其処には日除けのパラソルが幾つか並び、テーブルも設えられてスナックになっていた。
暫くして、麻衣が水着のままそのスナックに近付いて行った。彼女は紺のワンピースの水着を着用していたが、布地が薄く、体にぴったりくっ付いて体型が明からさまだった。麻衣のプロポーションは日本人離れしていた。腕や脚は長くてほっそりしているのに、バストとヒップは豊かに張っていて、服を着ている時よりも肉感的に見えた。
麻衣がふと見ると、テラスとは反対のプールサイドのデッキチェアに慎一が寝そべって居た。日光浴をしているらしかったが、その視線は水着一枚の麻衣に吸い付いていた。麻衣がじっと見遣ると彼は慌てて海の方へ顔を背けたが、如何にもわざとらしかった。
ひょっとして、彼はプールで泳いでいる私を眺める為に、あそこへ来たのではないかしら・・・可愛いじゃないの・・・
麻衣がそう思うほど慎一の眼は露骨にギラギラしていた。
「僕、気が小さくて人見知りするので、ダイニングルームへ出て食事をするのが恥ずかしいんです」
「えっ?」
「だから、いつも自分の部屋へ運んでもらって居るんです」
「そうなの・・・でも、一人切りの食事はやっぱり淋しいでしょう?」
「ええ、まあ・・・」
「良いわ、今夜から私と一緒に食べましょう、食事に行く前に声を懸けてあげるから、ね」
「えっ、良いの?真実に?」
慎一は毎日太陽に当たっている所為か、よく陽に焼けて逞しくなっていた。水着の上に白いタオル地のワンピースを羽織った麻衣と、海水パンツにシャツを引掛けた慎一は肩を並べて歩き出し、愉し気に話を続けた。慎一の表情が嬉々として明るくなった。ホテルへ来た当座の落ち着きの無さは丸で嘘のように消え失せていた。
麻衣が部屋へ戻ると直ぐに忍がやって来た。
「大学に落ちてノイローゼになっている男の子が居るんだって?」
誰から聞いたのか、忍は面白そうに言った。
「世の中、いろんな人が居るのね」
夜になって忍が夕食のダイニングルームへ降りて行くと、テーブルについているのは麻衣一人ではなかった。向かい合わせに慎一が座っていた。二人は親し気に、愉し気に話し合っていた。声を懸けそびれた忍が暫し眺めていると、食事を終えた二人は揃ってエレベーターの方へ去って行った。
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