第7話 二人は二十歳の誕生日に合体した

 修治と優美は満二十歳の誕生日を迎えた七月下旬に、互いに成人したのを機に熱海サンビーチへ出向いた。京都へ帰省する優美と京都から出かける修治が途中の熱海で落ち合って、帰りは一緒に京都へ帰るという計画だった。

 新幹線と私鉄バスを乗り継いで着いた浜辺は、綺麗な砂丘が四キロも続き、松並木が美しく、白い砂浜と青い水面のコントラストが絶妙だった。

 暫し絶景に見惚れた後、二人はバンガローを一部屋借りて水着に着替え、それから肩を並べて水辺へ歩を進めた。半裸になり肌の露出が増えた分だけ心が解き放たれて、二人ははしゃぎ、笑い、走った。水の中では、形の良いクロールでゆっくりと大きく水を切って泳いだ。

「なかなか良い泳ぎじゃないか」

修治が立泳ぎで優美のクロールを誉めた。

「そうよ、子供の頃、夏休みに、毎日のように水泳教室に通ったんだもの。それに女の子の平泳ぎは見っとも無いからね」

優美も立泳ぎしながら答えた。

「あなたの泳ぎも上手いじゃない?」

「俺の泳ぎは我流だよ。幼い頃、親父に川の泳ぎ場で水の中へ放り込まれて、沈まないように必死で足掻いた。犬掻きって奴だよ。あれ以来そんなに変わっていないよ」

二人は又、ゆっくり沖の方へと泳ぎ始めた。

 暫くして、泳ぎ疲れた修治が浜辺に上がって腹這いになった。その修治の大きな背中に優美がオリーブオイルを塗り、寄り添って汚れた砂の上に砕ける波を見つめた。

二人は自分達だけの小さな世界に閉じこもって、喧騒する周りの人間には聞こえないほどの小声で話し合った。

「俺は生まれ落ちてから熊本に住み、現在は京都に転住しているけど、今、大人になりつつあるんだ。本も随分と読んで来たし、色々考えもして来た。これからも、人生でそれなりの結果を出せるよう頑張る心算だよ」

修治は優美の手を取り、声を震わせながら続けた。

「俺は大物になる。ジャーナリストとして誰にも劣らぬグレイトな記者になる。君も何かして欲しい。病気や怪我を診療する医師でも、医学的真理を探究する学者でも、兎に角、他の女性とは違う人になって欲しい。君には美しい女性になって欲しんだよ。俺の求めていることが解かるよな」

 優美は黙って頷きながら修治の話を聴いていた。修治が感じていたことは優美の心にも反響した。優美は修治の存在によって元気づき、気分が一新していた。修治と言う男の手が彼女を助け、彼女の人生の機構を巧みに調整しているように感じた。優美の心は修治への敬意で一杯になった。彼を愛し、愛されたかった。彼の男の性によって惑わされたくもあった。修治が優美の手を取ると、彼女は彼に擦り寄り、手を彼の腰へ回した。二人は奇妙なほど敏感になり、互いにしっかりとしがみ付いた。それぞれの心には同じ思いがあった。

人生における愛する相棒を捜して居たら、この人が居た・・・それが共に感じていたことの要点だった。

 やがて、空腹を覚えた二人は昼食を摂る為にバンガローへ戻った。

旨い昼食で腹の満ちた二人は暫し、うとうととまどろんだ。満腹感は人を心地よく寛がせる。

「宝探し大会、始まるよ!」

大きな呼び声に目覚めた二人は、バンガローを出て声のする方角へ歩いた。

七月十五日から八月十二日までの間、毎週一回開催される恒例の「水中宝探し大会」であった。色を付けたシジミを探し当てると景品が貰えると言う。

「折角だから参加してみようよ」

優美の一言で、余り乗り気でなかった修治も一緒にやることになった。家族連れから若者達、若いカップル等大勢の参加者が集まった。

 午後一時の開始合図と共に皆が一斉に水中へ入って行った。

十分もしない内に優美が、百メートルほど沖合いの水中で、金色の着いた小さなシジミを見つけた。

主催者のテントへ持って行くと、千円の金券が貰えた。売店や屋台で好きなものと交換出来ると言う。

「やったあ!何か思い出になるものを買おうよ」

優美は素直に喜びを表して修治の腕を捕った。二人は腕を組んだまま売店の方へと急いだ。

 浜辺は大勢の人で埋め尽くされていた。誰もが皆、生命に満ち溢れ、生命でうずうずして見悶えていた。修治と優美は照り付ける太陽の下で心行くまで海の香りと喧騒を満喫した。修治が優美の肩に手を置き、彼女が彼にしがみ付いて、二人はキスをした。が、その衝動は数多の群衆の中で直ぐに尻込みし、二人はキスを止めて見詰め合った。互いに対する敬意が募った。二人ともに気恥ずかしさを感じながら、その気恥ずかしさから解放されるために、若者らしい動物的行動に向かった。彼等は少年と少女ではなく、男と女として興奮した小動物と化した。

 その晩二人は海沿いの白亜のホテルに部屋を取り、夜が明けるまで愛の交歓にふけった。 

優美は初めてだった。彼女は躰を強張らせて小声で話し、笑いもせずに壁に寄りかかるようにして立った。つい先ほど迄の快活な感じはすっかり失せて、まるで別人のようになっていた。彼女は秘密を打ち明けるように言った。

「わたし、初めてなの・・・」

「うん、俺も熟達している訳じゃない」

 修治は優美をベッドに倒して唇を押し宛てた。優美は、唇と唇の触れ合いを嬉しそうに喜び、乳房を触っても舐めても愉しく悦んだ。

 修治が乳房を揉みながらツンと先の起ち上った乳首を口に含むと、優美は「あっ」と小さく声を漏らした。彼女は独り言のように小声で言った。

「何かが躰の中を走った」 

 首すじから胸にかけての柔らかい箇所や腋の下は、舌が触れるに連れて、くすぐったがりながらも、喘ぐような声を出した。修治は、手をおずおずと下へ這わせて愛撫を続け、遠慮がちにクレバスに指を使った。優美がまた「あっ」と声を挙げた。

「躰の中を電流が流れた・・・」

彼女の躰が痙攣したように、一瞬、ピクッと動いた。

 それから、修治は優美の躰に覆い被さり、草花のように優しい肉体が自分の四肢の下に温かく息づいているのを快く感じた。優美がそれに応えるように頬を寄せた。

 修治が押し入って行くと、彼女は「ああぁっ!」とくすぐったいような我慢出来ないような妙に擦れた声を発した。修治はその声を性愛の情緒を高めようとしての媚び、処女でさえ本能的に身に着けている技巧のように聞いた。

 修治は力強く突き進んだ。優美は修治の躰の中で可愛い小鳥が救いを求めるように彼の胴にしがみ付いた。そして、優美の黒い恥毛が汗に濡れていることに気付いた修治は突然に興奮を覚え、遮二無二奮い立った。優美の白い脚を開かせ、白い太腿を彼女の胸に押し付けて、彼は突き進んだ。押しては退き、引いては押す激しい繰り返しの中で修治の男が更に起ち上り、悶え捩れて、少年時代に初めて馴染んだあの熱ぼったい感覚の波が不意にその腰に訪れた。男の蜜が白い紐となって猛々しく修治の中を駆け巡り、彼は「うう~っ!」と呻いて仰け反った。それは嘗てのように外へ向かって緩やかな弧の猛々しい弾道を描くのではなく、甘い熱い蜜の園の中へ飛び出したのだった。その時、優美も眉を顰めて顔を歪め、身を捩って藻掻き、笛のような声を挙げて躰を痙攣させた。

「ああっ!電撃が、走った!」

ぼうっと煙る優美の双つの眼に見詰められながら修治はけろりとした貌を装った。

優美が立ち込める香りの中で声を立てずに初めて笑った。

 修治と優美は互いの言葉と微笑みに嘘偽りは無いと信じ合った。これまで眼に見えない薄い膜のようにして二人の間に在ったものが綺麗に霧消して心と心が直に繋がったように感じた。二人は一緒に過ごした煌めく夜から必要なものを得た。男であれ半青年であれ、女であれ半少女であれ、二人は一瞬、自分では説明出来ない何らかの理由によって、現代の男女が成熟した人生を送る為に無くてはならないものを掴んだのであった。

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