第30話 聖夜に世界樹を?

「私と深い仲になりませんか!?」


 深い、非常に深い森の中に、駄エルフの声が木霊した。

 左右に立つ二人の表情は、凄まじいの一言だ。


 顎が外れそうな程口を開き、目が飛び出さんばかりに目を見開いている。普段なら闇のオーラを溢れさせるシュアンでさえだ。

 いやしかし、そうなるのも当然であろう。力ある精霊とはそういう存在なのだ。


 果たしてアクアリエ達の反応は、だが。


「深い仲は、少なくともまだ、なれませんね。先に結んでしまっては、彼のお方怒られてしまいます」

「「へ?」」


 まあ、そうなるであろうな。

 特に人との関わりが少ない彼女らのような精霊にとって、深い仲になるとは契約を結ぶ事を指す。


 シュアン達が思っているような意味には捉えないだろう。

 今もあらあらウフフと柔らかな笑みを浮かべるアクアリエに、シュアンとキイチが胸を撫で下ろす。


「そっかー、残念」

「いえ、お誘い、嬉しく思いますよ」


 しかし、あれだけ悩んだのはなんだったのか。普段から息をするように愛を叫んでいるくせに。


「ト、トキワくん……! 突然、おど、ろく!」

「えー? これでも結構考えたんだよ?」


 良いぞシュアン。これで悩んでいた内容を言語化してくれるはずだ!

 どれ……。


(だって、いつもみたいな高鳴りを感じなかったんだよね。精霊さんだからかな?)


 なるほど。一応、しっかりと本能は働いていたようだな。


(でも、お誘いしないのはしないで失礼だよねー)


 どこの国の人間だ?


 観客諸君、一つ聞くが、君たちやあの駄エルフの前世の国にはそのような価値観があったのか?

 ……全然別の国になら?


 ……どうやら駄エルフは、前世の時点で生まれる国を間違えていたらしい。


「ふふ、なんだか、彼の方が気に入られる気持ちも分かります。どうぞこちらへ。少しばかりですが、皆と楽しんでください」


 ふむ、やはり、トキワは精霊に気に入られるのだな。

 この後連れられた精霊達の宴でも、多くの精霊が彼に群がっていた。


 何にせよ、トキワ達が楽しんでくれたのなら、それで良かろう。


 森を後にし、星空の下、次に向かったのはナミキ国立公園だ。昨日、私が勧めたいと言った場所だな。


 国が管理しているだけあって、かなりの広さを持つこの公園は、住民達のデートスポットにもなっている。

 それ故に、シュアンの視界にも当然それらが映るわけで……。


(そろそろ、私も、頑張った方がいい、のかな……?)


 このような思考になるのも、自然なのかもしれない。

 これから向かう展望台はちょうど、告白スポットにもなっていた。


 展望台まで向かう間のシュアンは、挙動不審と言っても過言ではなかった。道ゆく人々が不審がって、同行するエルフ二人に疑いの眼差しを向けたほどだ。

 ジロっと見て、片割れがキイチだと気づくとほっと息を吐く。この繰り返しである。


「お、見えてきましたね。アレです。……え? ちょっと来い? 俺も久しぶりに見たいんで――あ、ハイ、戻ります」


 ファインプレーだ、副隊長よ。

 

「なんか呼び出されたんで、先行っておいてください!」


 ぶつくさ言いながらも、かなり急いだ様子で離れていくキイチに、トキワ達は再びキョトンとしてしまう。


 そして、二人きり……。


(ふぇっ、あっ、えっ、ど、どうしよよよう……!)

「んー? まあ、とりあえず行こうか?」

「あっ、う、うん!」


 これまでもずっと二人きりだった筈だが、意識してしまっては勝手が違うのか。シュアンは目をぐるぐると回し始めてしまった。


「大丈夫? ほら」


 そこへトドメを刺すように、トキワは手を差し出すのだ。

 駄エルフらしかぬ、故に駄エルフだ。


「あ、……うん」


 シュアンは頬を染め、その手をおずおずと取る。

 そうして歩く二人は、側から見れば、紛う事なきカップルだ。


 シュアンの内心を覗くのは、やめておこう。そのような事をせずとも、ホワホワとしたオーラがこちらまで伝わってくる。


「うわぁっ! 凄い!」


 展望台に上った、トキワの第一声だ。彼はシュアンの手のを引いたまま、少し先の手すりまで駆け寄る。


 そこはハヅキの都に繁る数多の木々の、その天辺よりも高くにあって、街の全てが見渡せた。

 そしてその中央に鎮座するのが、この世界を支え、見守る世界樹だ。天高くまで伸びた幹から、無数の枝々が伸び、深く葉を茂らせていた。


 そして、私が夜を勧めた理由。それは木の葉の隙間から漏れ、世界樹を照らす光。

 世界樹に触れて、素質無き種族であっても可視となった、精霊達の光だ。


「凄いね……」

「……うん」


 ぼうっと眺めていた二人。しかし、シュアンの表情がすぐに陰ってしまった。


(綺麗だけど、でも、トキワくんの見てる、景色とは、違うん、だよね……)


 ……なるほど。

 確かにトキワには、先ほど伝えた光に加えて、可視化されていない小精霊やその他多くの精霊達の光が見えている。


 それはシュアンの見ている、淡い光の世界樹とは別の光景だ。観客諸君には、クリスマスツリーのような、と形容したら伝わるだろう、そんな光景だ。


(……やっぱり私は、今くらいが、いいのかな? もっと、近くには、立たない方が……)


 ふむ、それでは、ひと足先にプレゼントだ。


「……え?」


 まぶたによって一瞬遮られた視界。それが再びひらけた時、シュアンの瞳に映る世界は、全くの別物となっていた。。


「……凄い」


 淡く輝く世界樹は、もう無い。

 代わりに、キラキラと飾り付けられたような巨木があった。


 それは、精霊達の放つ光。トキワの見る光だ。


 私の正体については、観客諸君は何となく想像がついているだろう。

 その加護が、彼女に贈る一つ目のプレゼントだ。


(たぶん、トキワくんと、同じ景色……。…………私、やっぱり、トキワくんのもっと、近くに……)


 ああ、踏み出すが良い。シュアンよ、それは、私の願いでもある。


「ね、ねぇ、トキワ、くん……」

「ん? なに?」


 トキワが世界樹から視線を外して、俯くシュアンを見る。


「あの、ね……? 私……」


 売れたリンゴのようになったシュアンの顔は、トキワには見えていない。

 

「私っ……!――」


 パキッ!


「あだっ!?」


 木の枝の折れる音と、突然上がった聞き覚えのある悲鳴。

 驚いた二人が手すりから身を乗り出すと、ちょうど二人の真下辺りでのたうつキイチの姿があった。


 彼が乗っていたと思しき木の上には、他の護衛達の姿も。

 

「あー、その、なんだ、楽しめたか?」

「え、う――「はい! とても!」」


 シュアン、哀れである。

 トキワには状況がわからず、目をぱちくりとらさせるばかりだが、兎も角キイチが何かをしでかしたのだけは把握したらしい。


 まあ、副隊長が怒髪の天を突く様なオーラを迸らせながら、駄エルフ二号を睨んでいれば、直ぐに分かる事だろう。


 彼女の気持ちは物凄くわかる故、キツめの折檻を希望しておく。


「それで、シュアンちゃん、何言おうとしてたの?」

「うぇっ、あっ、えっと、何でも、ない!」


 シュアンよ、強く生きてくれ……。


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