第20話 サツはサツでも五月のサツだよ
⑳
長い、長い船の旅も半ばを超え、三つある寄港地のうちの二つ目に到着しようとしていた。
甲板よりトキワ、シュアンの二人の
頭上より降り注ぐ太陽の光を遮るものも、今はあり得ない。
その役目を負うものは、
そう、二人の乗る船は今、遥か空の上を飛んでいた。
「トキワ君、まだ……?」
「ん-、もうちょっとかな? 今船員さんがロープ投げてる」
船の
空の旅に馴染みのあるトキワとは異なり、シュアンは落ちてしまわないかと終始ヒヤヒヤしていた。
それをこの駄エルフは、すぐに慣れると連れまわしたのだ。空を飛ぶ船に興奮していた為らしいが、だから駄エルフなのだよ、彼は。
「お待たせいたしました。天空都市サツに到着いたしました。なお、こちらへの停泊期間はひと月を予定しております」
おっと、哀れな子犬の哀れな所以を語っている間に、準備が出来たらしい。
船員の一人が声を張り上げ、周知する。
「だってさ。行こ!」
「う、うん……!」
目じりに涙を浮かべたシュアンの腕を引き、トキワはタラップへ向かう。二人の実際よりも幼く見える容姿もあって、周囲の視線が生温かい。
この手の視線に鈍いのか鋭いのか分からないトキワは、そんな目に気づくことも無く、意気揚々と新たな大地に踏み出した。
シュアンもどうにかタラップを渡り切って、慣れ親しんだものと同じ地面にそのまま這い蹲る。
少し横に避けてから力尽きているあたりは彼女らしい。
「じ、地面……。揺れてない。飛んで、はいる、けど飛んでない……」
「えっと、大丈夫そ?」
トキワも心配になったようで、シュアンの顔を覗き込む。それはそれは、近くで。
急に視界一杯に現れた駄エルフの顔に、彼女の顔が真っ赤に染まった。しかしこれまた哀れな事に、身体に力が入らないらしい。心の中を覗いても、あわわわと言うばかりだ。
シュアンの苦難はまだ続く。
「ん-、ここも邪魔ではあるよね?」
それはそうであるのだが、とった行動がマズかった。
「よっと」
「っとととっとおとききわくんっ!?」
更に顔の赤を濃くするシュアンに、ざわめく通行人たち。そしてキョトンとするのは、シュアンを横向きに抱えたトキワ。
まあ、いわゆるお姫様抱っこというやつだ。
見目麗しく中性的な少年少女の一方が、もう一方を抱きかかえ、抱えられた方はよく熟れた果実のように顔を染めている。
キャーだとか、あらあらうふふだとか、桃色の歓声と共にいつかもあったような議論が巻き起こる。
あの二人はカップルか。そもそも少年が少女を抱えているのか、いや少女が少年をかもしれない。ばかを言うな、女の子同士の方が良いだろう? あんたこそふざけないで、男の子同士の方が尊いでしょ!
人とは誠に業の深い生き物だ。
ともかく、エルフよりも更に聴覚に優れた犬獣人には、周囲のそんな会話もばっちり聞こえているわけで。
そんな彼女の苦難は、滞在報告の為に傭兵ギルドへ立ち寄るその時まで続いた。
さて、シュアンも落ち着いたことであるし、改めて今彼らのいる街について語ろうか。
先ほども船員が話していた通り、この天空に浮かぶ都市はサツと呼ばれている。主には有翼人種たちが暮らす街で、港でざわついていた中にも多数混じっていた。
町並みとしては、起伏に富み、カラフルで緑の溢れるという表現が適切だろうか。
海底都市でもそうであったが、
「と、いう訳で、下層エリアで宿をさがす事になるんだけど、どうする?」
「えっと……、何が?」
「お金にも余裕が出来たし、ちょっと良い所に泊まるか、節約するか」
「ああ……」
ふむ、いつもはトキワがぐいぐいと引っ張るのだが、今回はまだ消極的だな。いったいどうした事だろうか。
少し心の内を覗いてみるとしよう。
(住民のお姉さまやカワイ子ちゃんとはあまり出会えなさそうだし、どっちでもいいんだよねぇ……)
……やはり駄エルフは駄エルフだったか。
本当にシュアンが不憫でならないが、本人も分かっての事だ。何も言うまい。
というか今も、勘づいてジトっとした目になっている。
「……はぁ」
「え、何?」
「うんう、何でも、ない」
ガツンと言っても良いのだぞ? 何ならガツンと殴っても良い。私が許そう。
「むっ、なんだか今危険を感じたよ!?」
「? そんな事より、宿は、安い方が良いと思う。出来る仕事、無さそうだし……」
「そんなこと!? 私の危険だよ!?」
「はいはい」
おお、見事な
およよと泣く真似も意味はない。駄エルフもそれはすぐに悟って、方向を変える。
「それじゃ、聞いた中で一番安い所行こうか。一か月もあるしね」
「うん。……トキワ君、そっち、逆」
「一か月もあるしね!」
言い直さなくても大丈夫だぞ、駄エルフよ。
気を抜けばすぐに明後日の方へ行くトキワを引っ張り、どうにか辿り着いた宿の外壁は、真っ青に塗装されていた。
宿に酒場や食堂は併設されていないようで、中は静かだ。それなりに宿泊客がいて、彼らの思っていたほど小汚くもない。
二人の容姿や種族などから、宿の紹介をしたギルドの者が配慮したのだろう。
二人とも満足げに頷いている。
ん、いや、シュアンの場合は違う理由のようだ。
受付にトキワの好みそうな女性がいない?
たしかに恰幅の良い中年女性ではあるが、なんというか、シュアンも逞しくなったものだ……。
兎にも角にも、今回の滞在は平穏なスタートを切る事となったようだ。
このまま平穏に終わる、なんて事はまずないだろうが。
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