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 ☆ ☆



 翌日の昼休み、雪弥は夕暮れ地区のサブリーダーで別クラスにいる三森みもり遥斗はるとに声をかけ、隣のクラスにいる月夜地区のリーダー・夜野田よのだ虎太郎こたろうのもとへ、一緒に話を聞きに行った。

「アサハラさんの家は『一家心中』のあった家なんだ」

 虎太郎の話によると、父、母、男の子、女の子の四人家族で住んでいたのだが、ある日突然両親の働いていた会社が倒産し、将来を悲観した両親は、子ども二人を道連れに、あの家で四人一緒に亡くなったらしい。

「月夜地区の子どもたちの間では、すごく有名な場所だよ」

 おっとりとした口調で言う虎太郎と対照的に、雪弥と遥斗は背筋をぞくぞくさせながら聞いていた。

「なんか、心霊スポットになってるって聞いたけど」

「らしいね。でも、その廃屋でお化けが出るって話は聞いたことないかな」

 ずれた丸いメガネを小さくあげながら、虎太郎が言う。

「でも、老朽化してて危ないから、近寄っちゃダメって言われてる」

「で? そんな場所に、夕暮れ地区の四年生が遊びに行ってるんだって?」

 虎太郎の話に頷きながら、遥斗が雪弥に尋ねると、雪弥は腕を組んだ。

「らしい。そこに行くので忙しいから、遊んでくれないって言われたって」

 聞けばその廃屋は、人の寄りつかない、地区の外れにあるらしいし、もしかしたら秘密基地にでもしているのかもしれない。そこの整備で忙しいのであれば、理由もなんとなく納得できる。

 もしかして老朽化で危ない場所だから、一年生の勇太にはついてこないように言っているのだろうか。

 しかし、こればかりは広樹に聞いてみなければ分からない。

「広樹くんに、一度聞いてみようか」

「そうだな」

 教室の時計を見ると、昼休みが半分は過ぎている。

「じゃあ、その一年生も一緒に行ったほうがいいんじゃない?」

「あっ、クラス聞くの忘れた」

 名前は聞いたが、学年もクラスも聞き忘れた。黄色い交通安全カバーをランドセルにつけていたので一年生というのは分かるが、銀星小学校はひと学年に六クラスもあるので、探して回るには少し時間がかかる。

「抜けてんなぁ」

「時間ないし、ひとまず広樹くんに確認してみよう」

「そうだな」

 雪弥は二人と一緒に校庭へと向かった。

 昼休みの校庭は、思い思いに遊ぶ児童でいっぱいである。

 ぐるり見回していると、広樹は校庭の端で数人のクラスメイトと一緒にサッカーボールで遊んでいたので、わりとすぐに見つかった。

「おーい、広樹!」

「あ、リーダー!」

 呼びかけながら近づくと、広樹がすぐに気付いて手を振る。以前は『雪弥兄ちゃん』と呼ばれていたのだが、地区のリーダーになってからは専ら『リーダー』と呼ばれている。

 ──ん? あれ?

 広樹を近くで見た雪弥は、なんだか違和感を覚えた。彼は四年生のわりに背が高い方で、体格もいい児童であったはず。

 それがなんだか以前より少し、痩せているような気がするのだ。

 ──気のせい、か?

 ここ最近は子ども会での活動がなく、母親の買い物にも一緒に行っていない。広樹本人にこうして会うのは久々ではあるし、成長期の小学生は体型が変わりやすい。それにしたって、変わりすぎのような……。

「リーダー、何か用?」

「あ、ええっとな」

 雪弥はハッとして改めて、月夜地区の外れにある、廃屋へ行っているのかどうかを本人に聞いてみた。

「『アサハラさんの家』? どこそこ?」

「えっ?」

「月夜地区の外れにある廃屋だよ。本当に行ってないのか?」

「そ、そんなとこ、行ってねーし!」

 遥斗に聞かれて、広樹がそっぽを向いて答える。

 しかし、雪弥は広樹が嘘をつく時、視線が右斜め上に向くのを知っていた。今も、ぷい、と横を向いた目が右斜めを必死に見ている。

「……本当に行ってないのか?」

 雪弥がぐぐっと顔を近づけて問い詰めると、観念したのか、広樹は周りのクラスメイトたちと一緒に、少しバツの悪そうな顔をした。

「……『アサハラさんの家』かどうかは、知らないけど」

「月夜地区の廃屋を見に行ったことは、ある」

 そう言って、しょぼくれたように四年生達が下を向く。

 雪弥は深いため息をついた。

「じゃあそこを秘密基地にして、遊んだりしてるのか?」

 そう聞いた雪弥に、四年生たちは一斉に首を横に振る。

「そ、それはしてない!」

「だって怖かったし……」

「一回、見に行っただけ!」

 口々に言う彼らは、嘘を言っているようには見えない。

 では、あの一年生が言っていたことはなんなのだろう?

 ──やっぱり、実際に行ってみたほうがいいな。

 嘘をついてるにしても、確認はしたほうがよさそうだ。

「まーとりあえず。あそこは危ない場所らしいから、もう行くなよ」

 雪弥が言うと、四年生たちは「はい!」と、きちんと返事を返す。

 すると、昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴ったので、雪弥たちは一緒に教室のある校舎へと戻った。



 ☆



「本当に行くのぉ〜?」

「ちゃんと確かめないと、あいつらが嘘言ってるかもしれないだろ」

「場所分かるの虎太郎だけなんだし、頼むよ!」

 放課後、雪弥は遥斗と一緒に虎太郎の案内で、問題の『アサハラさんの家』を見に行くことにした。

 月夜地区は銀星町の外れのほうにある一帯の地区で、なかでも『アサハラさんの家』は隣の鈴ヶ丘すずがおか町との境近くにある。

 町の顔で商店街メインストリートでもある銀星街からもだいぶ離れた、かなり静かな住宅街。その住宅街にぽっかりと穴が空いたように、もの寂しい廃屋は佇んでいた。

 敷地の草は荒れ放題、玄関や縁側の窓も朽ちて開けっぱなし。まだ夕暮れには早い時間だが、廃屋の内側は、不気味なまでに黒い影を落としている。

「……よし、いくぞ」

 雪弥を先頭に、三人は恐る恐る雑草を掻き分け、開け放されたままの玄関へと近づいた。

 廃屋の内側は、壁紙がめくれて穴が開き、一部の天井板が崩れたのか床に散乱している。床板もところどころに穴が空いていて、二階へと通じる階段の踏み板はとっくに朽ちて無くなっていた。

「おじゃましまーす」

 小さな声でそう言って、靴のまま中へとあがる。歩くたびにギシ、ギシ、と床板が鳴った。

「思った以上にやばいな」

 穴の空いた廊下の隙間からは、雑草が逞しくも顔を覗かせている。下手をすれば踏み抜いてケガをしてしまいそうだ。

 こんな場所をもし遊び場にしているのであれば、大人に告げてでも辞めさせなければ。

 三人が慎重に奥へと進んでいくと、何やら人の話し声が聞こえてきた。

「えっ、えっ、なに?」

「……シッ!」

 怯えた声を上げる虎太郎に、雪弥は唇に人差し指を当てて制す。

 奥の居間になっている辺りから聞こえるようだ。

「……そう、それでさぁ」

 男の子の話し声。笑いを交えながら、親しい誰かに向かって話しかけているようだった。しかし相手の相槌や返答は聞こえない。

 慎重に廊下を進み、朽ちて穴だらけになった障子戸の陰から、居間と思われるそこをそっと覗く。そこにいたのは──。

「……そうなんだよ、バカでしょ〜? でさぁ、」

 見覚えのあるTシャツに半ズボンを着た男の子──広樹が、腐った畳の上に座り込み、天板の割れたちゃぶ台に肘をついて奥に向かって話しかけていた。

 広樹が顔向けた先には誰もいない。しかし、それはまるでその向こうに、母親か誰かがいるような話し口調。

「広樹?!」

 雪弥は慌てて障子戸を開き、中へ入った。

「お、お前! 何やってんだ!」

「……あれぇ、リーダーだぁ。どうしたのぉ?」

 どこかぼんやりした顔で、広樹がゆっくりとこちらを見上げる。

 その目の焦点はゆらゆらと定まらず、まるで夢でも見ているかのようだ。

 このままにしてはいけない。

「……帰るぞ!」

「帰るのぉ?」

 雪弥はまだどこかボーッとしている広樹の腕を掴んで引っ張った。しかし、広樹は動くどころか、立ち上がろうともしない。一緒にいた遥斗と虎太郎にも手伝ってもらい、三人がかりで広樹を引き摺り出すようにして、空き家から脱出した。

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