第12話 再び訪れる影

エリオットとアイリスが王宮の庭園を後にし、街へと戻ったその夜、エストリアの空は不穏な雲に覆われ始めていた。暗い雲が重く垂れ込め、まるで王国全体に新たな災厄が迫っているかのようだった。街を照らす月明かりは雲に隠れ、街灯の光だけがかすかに石畳の道を照らしていた。


エリオットは自宅の書斎で、リオネルが遺した日記と古い文献を見比べていた。リオネルが封じた「影」の存在についてさらに深く調べるためだった。彼の頭の中には、リオネルが命を賭して守ろうとしたものの重みが渦巻いていた。しかし、リオネルが封じた影が完全に消え去ったわけではないことが、どうしても心に引っかかっていた。


「影は封じられた……でも、その影が再び現れる可能性は……」


エリオットは呟きながら、日記のページをめくった。リオネルが残した手がかりの中に、影の力がどのように作用するかについての記述があり、それが不安を募らせた。影の力は根深く、完全に消滅させるにはさらなる代償が必要だということが記されていた。


「もし影が再び現れるとしたら、どのような形で現れるのだろうか……」


エリオットはその可能性を探りながら、夜が更けるのを忘れていた。彼の頭の中には、影が再び王国に災厄をもたらすという悪夢のようなシナリオが浮かんでいた。それはリオネルが命を賭して防ごうとしたものであり、彼が封じた影が完全に消滅したかどうかを確かめる必要があると感じていた。


その時、ドアが静かにノックされた。エリオットは顔を上げ、ドアの方を見つめた。そこには、アイリスが立っていた。彼女の顔には何かを察知したような緊張が浮かんでいた。


「エリオット、何か見つけたの?」


アイリスは問いかけながら、エリオットの隣に歩み寄った。彼女の鋭い視線が日記と文献に注がれていた。エリオットは静かに頷き、リオネルが遺した手がかりについて話し始めた。


「リオネル様が封じた影は、完全に消え去ったわけではないかもしれない。彼が遺した記述によれば、その影は王国の中にまだ潜んでいる可能性がある。もしそれが再び現れるとすれば、王国に新たな災厄をもたらすかもしれない……」


アイリスはその言葉に息を呑み、黙ってエリオットの話を聞いていた。彼女の目には、不安と疑念が混じり合っていた。リオネルがすべてを賭けて封じた影が、まだ消え去っていないという現実が、彼女の心に重くのしかかっていた。


「影が再び現れるとしたら……どう対処すればいいの?」


アイリスの問いかけに、エリオットはしばらくの間考え込んだ。彼もまた、その答えを見つけ出すことができずにいた。しかし、リオネルが残した手がかりが、彼らにとっての唯一の指針となることを感じていた。


「リオネル様が行った儀式は、その影を封じ込めるためのものだった。だが、影の力は非常に強力であり、完全に消滅させるにはさらなる力が必要だったのかもしれない。もしその力が再び現れるとしたら、私たちはリオネル様が遺したものを頼りに、再び影と対峙するしかない。」


エリオットの言葉に、アイリスは静かに頷いた。彼女もまた、リオネルの犠牲が無駄にならないように、これからの行動を慎重に考えなければならないことを理解していた。


「エリオット、私たちができることをすべてやりましょう。リオネル様が遺した光を無駄にしないために、影の力が再び王国を脅かす前に対処しなければならないわ。」


アイリスの言葉には、決意と覚悟が込められていた。エリオットはその言葉に強い意志を感じ取り、静かに頷いた。彼らはリオネルが守ろうとした王国を、自らの手で守り続けることを誓った。


その時、エリオットの耳に微かな音が聞こえた。それは、風の音ではなく、何かがこの家の中で動いているかのような音だった。エリオットとアイリスは同時に顔を見合わせ、その音の正体を探るために立ち上がった。


音は階下から聞こえていた。エリオットは慎重に足を進め、アイリスと共に音の方へ向かった。階段を降りると、音はますます大きくなり、まるで何かが家全体を包み込むかのような不気味な気配を感じた。


エリオットとアイリスが階下に到着すると、そこには信じられない光景が広がっていた。部屋の中央に、黒い影が立ち込め、まるで生き物のようにうごめいていた。それは、リオネルが封じたはずの影――いや、それよりもさらに強力で邪悪な力を持つ何かであるように感じられた。


「これは……影の残滓か……?」


エリオットはその場に立ち尽くし、影の力を感じ取ろうとした。その力は凄まじく、まるで王国全体を飲み込もうとするかのような勢いだった。アイリスもまた、その場で動けずにいた。その影の力が、彼女の心を凍らせるかのようだった。


「私たちは、これを封じなければならない……リオネル様が守ろうとしたものを、私たちの手で守らなければ……」


エリオットは自らを奮い立たせ、影に向かって一歩踏み出した。しかし、その影はまるでエリオットの動きを読んでいるかのように、瞬時に姿を消し、部屋の中に深い闇を残して消えていった。


「どこへ消えた……?」


エリオットはその場に立ち尽くし、影の消えた方向を探った。しかし、影はまるで幻のように消え去り、再び現れる気配はなかった。


「エリオット……あれは……」


アイリスは恐怖を隠し切れない声でエリオットに問いかけた。彼女もまた、影の力が再び現れる可能性に震えていた。


「これが、リオネル様が封じきれなかった影の残滓だとしたら……私たちはすぐに対処しなければならない。王国に新たな災厄が訪れる前に……」


エリオットの言葉に、アイリスは静かに頷いた。彼らはこれから新たな戦いに挑まなければならないことを悟った。リオネルが命を賭して守った王国を、自分たちの手で守るために。

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