「星座とタロットの夜」

 ある金曜日の夜、さくらハウスのリビングは、不思議な雰囲気に包まれていた。澪、詩音、にこの三人が、テーブルを囲んで座っている。テーブルの上には、タロットカード、星座占いの本、そして手相占いの図鑑が広げられていた。


 にこは、シルクのパジャマの上に、ふわふわとしたカシミアのガウンを羽織っている。その姿は、まるで占い師のようだ。彼女の前には、華やかな模様が施されたタロットカードが並べられていた。


「ねえ、みんな。今日は占いナイトよ。さて、どんなことが分かるかしら」


 にこが少し興奮気味に言った。


 澪は、ゆったりとしたジョガーパンツとオーバーサイズのニットを着ている。彼女の手元には、分厚い星座占いの本が置かれていた。


「占いか……科学的根拠はないけど、たまにはこういうのも面白いかもね」


 澪が、少し懐疑的ながらも興味を示した。


 詩音は、いつものように大きなTシャツを着ている。その上に、彼女お気に入りの香りのするボディミストを軽くスプレーしていた。詩音の前には、カラフルな絵が描かれた手相占いの本が開かれている。


「わくわくする! 私、こういうの大好き」


 詩音が、目を輝かせながら言った。


 にこは、優雅な動作でタロットカードを切り始めた。彼女の手首には、パリで買ったという繊細なブレスレットが輝いている。


「まずは、私から始めるわね。今の私の恋愛運を占ってみましょう」


 にこが言いながら、三枚のカードを引いた。


「このカードは……」


 にこは真剣な表情で、一枚一枚のカードの意味を解説し始めた。その姿は、まるでプロの占い師のようだ。


「恋愛運は上昇中よ。でも、すぐには結果が出ないかもしれないわ。焦らずに、自分磨きを続けることが大切みたい」


 にこの言葆に、澪と詩音は興味深そうに聞き入った。


「へえ、なんだかそれっぽいわね」


 澪が感心したように言う。


「すごい! にこちゃん、占い上手」


 詩音が目を輝かせた。


「じゃあ、次は私の番ね」


 澪が言いながら、星座占いの本を開いた。彼女の指先には、淡いピンク色のネイルが施されている。


「今週の牡羊座の運勢は……」


 澪は、真剣な表情で本を読み始めた。


「仕事運が絶好調みたい。新しいプロジェクトのチャンスがあるかもしれないって」


「わあ、それって嬉しいじゃない」


 にこが喜んで言った。


「うん、でも人間関係には注意が必要みたい。特に、親密な関係の人との間の誤解に気をつけるべきだって」


 澪の言葆に、三人は少し考え込んだ。


「誤解か……気をつけないとね」


 詩音が、少し心配そうに言った。


「大丈夫よ、気をつけていれば問題ないわ」


 にこが澪を励ました。


「さて、次は私の番だね」


 詩音が、わくわくした様子で手相占いの本を開いた。彼女の爪には、パステルカラーのネイルアートが施されている。


「えっと、生命線は……」


 詩音は、自分の手のひらを見ながら、本と照らし合わせる。


「あれ? 私の生命線、ちょっと変わってるかも」


「どれどれ」


 にこと澪が、詩音の手のひらを覗き込んだ。


「確かに、普通とは違う形ね」


 にこが言う。


「でも、それって創造性が豊かな人の特徴らしいわ」


 澪が本を見ながら言った。


「へえ、そうなんだ! 嬉しいな」


 詩音が満面の笑みを浮かべた。


 三人は、それぞれの占いの結果について話し合い始めた。にこは、タロットカードの深い意味について熱心に説明し、澪は星座占いの科学的側面について考察を述べ、詩音は手相と性格の関連性について興味深い発見を共有した。


 話が盛り上がるにつれ、彼女たちの姿勢はだんだんとリラックスしていった。にこは、ソファにもたれかかるようにして座り、澪は足を組んでくつろぎ、詩音は床に寝転がりながら話を聞いている。


「ねえ、占いって不思議よね」


 にこが、ふと物思いにふける様子で言った。


「科学的には証明されていないけど、なんだか心が落ち着くのよね」


「そうね。きっと、自分自身と向き合うきっかけになるからじゃないかしら」


 澪が、少し哲学的な口調で答えた。


「私は、占いを通して自分の可能性を感じられるのが好きかな」


 詩音が、天井を見上げながら言った。


 夜が更けていくにつれ、三人の会話はより深い話題へと移っていった。にこは、タロットカードを一枚ずつ丁寧に並べ直しながら、思わず本音を漏らした。


「実は、最近仕事のことで悩んでいるの」


 にこの声には、珍しく迷いが感じられた。彼女は普段、完璧で自信に満ちた姿を見せているだけに、この言葆は澪と詩音を驚かせた。


「どうしたの? 何かあったの?」


 澪が優しく尋ねた。彼女は星座占いの本を閉じ、にこに全神経を集中させた。


「新しいブランドの立ち上げを任されたんだけど、自信がないの」


 にこは、ため息まじりに言った。その指先で、無意識にタロットカードの端をなぞっている。


「えー、にこがそんなこと言うなんて珍しい」


 詩音が驚いて声を上げた。彼女は、床から起き上がり、にこの隣に座った。


「そうね。でも、大きな責任を任されたんだから、不安になるのも当然よ」


 澪が理解を示すように言った。


「そうなの。今までとは全然違うスケールで、しかも私の判断一つで会社の未来が左右されるかもしれない」


 にこの声には、普段は見せない弱さが混じっていた。


「でも、にこならきっと大丈夫だよ」


 詩音が、にこの肩に手を置いて励ました。


「そうね。あなたのセンスと経験があれば、きっと素晴らしいブランドになるわ」


 澪も同意した。


 にこは、二人の言葆に少し勇気づけられたように微笑んだ。


「ありがとう。でも、時々自信がなくなるの。こんな私でいいのかなって」


「そんな時は、占いに頼ってみるのもいいかもね」


 詩音が提案した。


「そうね。占いを通して、自分の内なる声に耳を傾けるのも一つの方法かもしれないわ」


 澪も賛同した。


 にこは、もう一度タロットカードを手に取った。


「じゃあ、もう一度占ってみようかしら。今度は仕事運を」


 彼女は、慎重にカードを引いた。


「樹木のカード……これは成長と安定を表すわ。そして、太陽のカード。これは成功と達成を意味するの」


 にこの表情が、少しずつ明るくなっていく。


「見て、最後は星のカード。希望と導きを表すのよ」


「すごい! これって、とてもポジティブな結果じゃない?」


 詩音が喜んで言った。


「そうね。占いが示すように、あなたの努力は必ず実を結ぶわ」


 澪も笑顔で言った。


 にこは、カードを見つめながらゆっくりと頷いた。


「そうね。自信を持って進むべきなのかもしれない」


 彼女の声には、新たな決意が感じられた。


 次に、澪が自分の悩みを打ち明けた。


「私も最近、将来のことで悩んでいるの」


 澪は、星座占いの本を再び開きながら言った。


「広告代理店の仕事は楽しいけど、本当にこれが私のやりたいことなのかな、って」


「へえ、澪もそんな風に考えてたんだ」


 詩音が驚いた様子で言った。


「そうね。キャリアの転換点に立っているのかもしれないわ」


 にこが理解を示すように頷いた。


「星座占いによると、牡羊座の私は、新しい挑戦をする時期に来ているみたい」


 澪が本を読みながら言った。


「でも、安定した今の仕事を捨てて、新しいことを始める勇気があるかどうか……」


「それは難しい選択ね」


 にこが同意した。


「でも、澪の情熱と才能があれば、きっと新しい道も開けるはずだよ」


 詩音が励ました。


「そうね。占いも大切だけど、最終的には自分の心に従うべきよ」


 にこがアドバイスした。


 澪は、深く考え込むように黙り込んだ。


 最後に、詩音も自分の悩みを打ち明けた。


「私も、最近自分の仕事について考えることが多いんだ」


 詩音は、手相占いの本を膝の上に置きながら言った。


「フリーランスのイラストレーターとして、自由に仕事ができるのは嬉しいんだけど、時々孤独を感じるんだ」


「そうだったの? 詩音はいつも楽しそうだから、気づかなかったわ」


 にこが驚いた様子で言った。


「うん、表には出さないようにしてたんだ。でも、時々仲間が欲しいなって思うんだよね」


 詩音の声には、少し寂しさが混じっていた。


「手相を見てみると、私の感受性線がとても発達しているみたい。だから、こういう感情を強く感じるのかな」


「そうかもしれないわね」


 澪が同意した。


「でも、その感受性こそが、詩音の作品を素晴らしいものにしているのよ」


 にこが付け加えた。


「そうだね。でも、時々その感受性に振り回されちゃうんだ」


 詩音が少し困ったように笑った。


「じゃあ、こんなのはどう?」


 澪が提案した。


「定期的にアーティスト仲間と集まる機会を作るとか、オンラインコミュニティに参加するとか」


「そうね、それはいい考えだわ」


 にこも賛同した。


「そうか、そういう方法もあるんだね」


 詩音の表情が明るくなった。


 三人は、それぞれの悩みを共有し、占いを通して新たな視点を得ていった。夜が更けていくにつれ、彼女たちの絆はより深まっていった。


「ねえ、こうやって話し合えて良かったわ」


 にこが、しみじみと言った。


「うん、占いをきっかけに、本当の気持ちを話せたね」


 詩音も同意した。


「そうね。占いの結果よりも、こうして互いの気持ちを理解し合えたことの方が大切だわ」


 澪がまとめるように言った。


 窓の外では、夜明けの光が少しずつ差し始めていた。三人は、この夜の経験を通して、新たな勇気と希望を得たのだった。占いは単なる遊びではなく、自己理解と相互理解を深める貴重な機会となったのだ。


 さくらハウスのリビングには、三人の若い女性たちの笑い声が響いていた。それは、未来への不安を乗り越え、新たな一歩を踏み出す準備ができた証だった。


(了)

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